レディー・ガガの熱唱

 アカデミー賞授賞式での歌曲賞、レディー・ガガの熱唱は見事なものだった。この人はいつでも何にでも全力投球、時にはヤボなくらい一生懸命だが、今日の歌唱はまた特に、音量とかテクニックとか、そんなものを超えて情熱にあふれていた。いやホントにすごい。プロだなあ。というより人間性なんだろうな。

 

 イライラすることの多い毎日だが、こういう歌を歌う人がいるというだけで、救われる気持ちになる。スターとはそんな存在ではないか。昨今は少なくなりましたね。スターは自然や神のように人々を救う。本人は大変だろうが、こっちは気兼ねすることなく身を委ねて、その歌なり演技を味わえばいいのだと思う。そうした関係が、昔はちゃんと確立されていた。今はほとんどグチャグチャ。

 

 レディー・ガガの歌唱は、昼食の後眠くなっていた頭をすっきり目覚めさせてくれました。午後の仕事がんばろう。


普通の日 おめでとう

 最近のテレビCMの中で好きなのが、米焼酎「しろ」豆腐編だ。ミムラさんが鍋を持って街の豆腐屋に行き、昔ながらに鍋の水に豆腐を入れて買ってくる。坂道を上がって家に帰る。それから調理……。ダンナが豆腐をサカナに焼酎を一杯、というところは入らないが、目に浮かぶ。

 

 バックに流れる歌は前川清さんの「倖せの約束:男のありがとう」。静かなバラードで、荒木とよひさ氏の作詞。「ありがとう 言葉でいえば 消えそうだから 言おうかよそうか……」。そして最後にナレーションが「普通の日 おめでとう」という。ああ、こういうのに弱い。「何でもないようなことが 幸せだったと思う」というのもあったが、大げさでない、普通の日。

 

 製造元の熊本・高橋酒造の説明を見ると、このCMの背景には熊本の地震災害があるという。ああ、そうか。それならば納得がいく。ただ単に「普通の日」じゃないんだ。大災害があっての「普通の日」。スーパーでなく、古い商店街の豆腐屋さんの、味わいある豆腐。それがあれば、そんなに高くない(失礼)焼酎があれば、今日という日の、バカな上司の相手したストレスも吹っ飛ぶ。

 

 ま、こちとら毎晩「普通の日 おめでとう」やってるけどね。

 

 思い出したのが前回に続き、「デイドリーム・ビリーバー」。これも共通するところがある。身の丈に合った幸せ。若い時はそういうのを軽蔑するが、結局はザッツ・ライフ。でも、原曲は諦念というかいささかの寂しさも漂わせているが、モンキーズのは明るい。なんか希望がある。この時代のプレ・プログレの音楽がアホみたいに思える。

 

 ところで「デイドリーム・ビリーバー」のカバーは世界中で多くのアーティストによって行われた。その中で一番の出来は、我らが忌野清四郎が「タイマーズ」というバンドでやったやつ。モンキーズ版の良さを生かしつつ、日本語で見事に換骨奪胎した、独自な曲に仕立て上げた。これ、本当にいいですよ。


デイドリーム・ビリーバーは名曲

 3日(日)夜、BSTBSの「SONG TO SOUL」を見たら、モンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」を取り上げていた。この曲が今も人気があり名曲となっている理由がわかったような気がした。

 

 モンキーズは1965年結成、「デイドリーム・ビリーバー」は1967年の作品だ。当時米国の音楽界は、ビートルズやローリングストーンズなど英国勢に席巻されていた。対抗策としてモンキーズが結成された。オーディションでメンバーを選び、レギュラーのテレビ番組で人気を集めた。アイドル路線だったのだ。

 

 初期には彼らはバンドの演奏はせず、一流のスタジオミュージシャンが演奏。彼らは歌を最後につけるだけだった。なので当時はバカにする音楽少年たちもいた。彼ら自身、演奏させてもらえない不満もあったようだ。だが楽曲は一流のアーティストが提供した。ニール・ヤング、ニール・セダカ、キャロル・キングなどで、曲はヒットした。

 

 少しずつ彼らも演奏し、うまくなっていった。さて「デイドリーム・ビリーバー」の曲をつくったのは元キングストントリオのジョン・スチュワート。この人のオリジナルの演奏を番組でやっていたが、フォークかカントリーのような印象だった。この曲のモンキーズ版はジャズミュージシャンのショーティ・ロジャーズがアレンジ。ストリングスとホーンを使い、全く印象の違う曲となった。

 

 歌詞は青い鳥、白馬の騎士、クイーンなどの言葉が出てくるが、目覚ましで起こされ、ひげそりの刃は冷たくてヒリヒリする、お金を使わなくても君と僕は幸せ、でもやっぱり金も必要だ、という内容。デイドリーム・ビリーバーの夢見心地と、現実も交じった歌で、なんというか肩の力が抜けている。モンキーズサイドでは、みんなで歌える歌を目指したということで、音域も広くなく、覚えやすいメロディーで、親しみやすい。

 

 ところでこの曲が発表された1967年には、ほかにどんな曲、アルバムが出たか。びっくりです。ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド」、ドアーズの「ハートに火をつけて」、ローリングストーンズの「サタニック・マジェスティーズ」、クリームの「カラフルクリーム」、スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」、ヴァニラ・ファッジの「ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン」、プロコルハルムの「青い影」、グレン・キャンベルの「恋はフェニックス」、ビージーズの「マサチューセッツ」、ジェファーソン・エアプレーンの「シュール・レアリスティック・ピロー」、シーカーズの「ジョージー・ガール」、ムーディ・ブルースの「サテンの夜」などなど。

 

 すごいでしょ。というか、ビートルズ、ストーンズの両御大は実験的なアルバムを制作、そのほか当時はニューロック、アートロックと呼ばれた、のちのプログレの萌芽的な作品、そしてフォーク、カントリー、ブラックミュージックなど豊饒といえば豊饒、混沌としていて、60年代末の反体制的ムーブメントの予兆的な時代だったのだ。

 

 そこに現れた「デイドリーム・ビリーバー」は番組の紹介にもあったが、実にさわやかな一陣の涼風だったですね。つくりは手が込んでいるが結果としての楽曲はシンプルで明るく、親しみやすい。そんな曲が半世紀以上も生き延びて、各世代に受けるんですね。当時はこっちも肩に力が入り、新しいサウンドを求めて、「デイドリーム・ビリーバー」なんてかったるいと思っていたが、その後は耳に残る名作となりました。そういうものなんですね。


追悼 ミシェル・ルグラン

 ミシェル・ルグランが死んだ。フランスの作曲家で映画音楽の巨匠である。昨年11月には同じくフランシス・レイも亡くなっており、二人をリアルタイムで聴いてきた者にとって寂しい限りだ。

 

 代表作は「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」。そして「愛と哀しみのボレロ」はフランシス・レイとの共作だ。私の思い出に残る曲は映画「華麗なる賭け」の主題歌「風のささやき」、そして「おもいでの夏」。さらに「シェルブールの雨傘」の中の「I will wait for you」。

 

 「Once upon a summer time」も捨てがたい。人にも聴くことを薦めたいのは「What are you doing the rest of your life」という曲だ。悲しく美しいバラードだ。

 

 全体にミシェル・ルグランの曲は美しい。とにかく旋律が美しい。1950年代にはマイルス・デイビスと共演などジャズもやった人。バート・バカラック、アントニオ・カルロス・ジョビンと並ぶ3大作曲家という表記もあった。ポップス、ジャズ、クラシックの垣根をなくした音楽家との評もあった。

 

 あの時代、映画もその音楽も、なんと美しかったことか。そういえば「メリー・ポピンズ リターン」が2月1日、公開になる。オリジナルの「序曲」、そして名曲「鳩に2ペンスを」、ラストの「タコをあげよう」を思い出す。朝ドラ「まんぷく」で池田信用組合の取り付け騒ぎの場面、メリー・ポピンズを思い出し、リターン公開を思い出した。NHKさん、ありがとう。


頑張れ! フランス

 フランスの作曲家、フランシス・レイが11月7日に死去というニュースを最近知った。1960年代後半から、スクリーン上に流れる彼の甘い切ないメロディーは一世を風靡したといっていい。クロード・ルルーシュ監督とのコンビが代表的だが、他の監督の作品でも秀逸な曲が多かった。

 

 思い出す。「男と女」「パリのめぐり逢い」「白い恋人たち」「さらば夏の日」「愛と哀しみのボレロ」「ある愛の詩」……。特に好きなのは「パリのめぐり逢い」と「さらば夏の日」です。クラシックでもロックでも何でも、メロディーの美しい音楽が好きなもので。

 

 思えば昔のフランス映画、フランスの音楽はよかったな。イタリアの映画、音楽もよかったけど。時代なんですかね、今はもう。昨今はフランスというと日本では悪いイメージ。高額報酬の自動車メーカーのトップ逮捕、フランス国内の政治の混乱、デモ、テロ。「フランス革命やって自由だとか平等だとかいってるけど、フランスが一番格差社会、階級社会、人種差別の国じゃねえか」という人は多い。

 

 昔、作家の五木寛之さんが「アメリカの黒人差別とかなんとかいわれるが、私はアメリカにまだ希望を抱いている。差別といっても同じ人間とは見ている。フランスは差別というより人種区別をしている」といった意味の発言をしていた。そうなんだろうなあ。

 

 文学、哲学で、人類にとってフランスの果たした業績は大きい。それは消えることはない。絵画や芸術、そしてドビュッシー、フランクなど音楽もいい。今のフランスにどうこう言える立場ではないが、過去のフランスのいい作品がもっともっと評価されるように、それら作品に対して「頑張れ!フランス」といいたい。

 

 


鳥とコンツェルト

 興味深い本を書評で知った。「モーツァルトのムクドリ」というのだ(ライアンダ・リン・ハウプト著、宇丹貴代実訳=書評は細川博昭氏)。1784年の5月から3年2ヶ月、モーツァルトはムクドリと暮らしたという。歌劇「フィガロの結婚」などを生んだ充実期で、人間のつくった音楽を音程確かにさえずるムクドリが常にモーツァルトの傍らにいて、その音楽に影響を与えたのではないかという。

 

 ----モーツァルトの音楽は彼の天才を雄弁に語ってくれる。残された資料は作品の完成時期などを詳しく教えてくれる。しかし、日々の暮らしのある瞬間に彼がどういう意識をもっていたかを知るためにはそれではまだ不足だ。その時期のモーツァルトの心に近づき、これまで見えていなかった部分に光を当てるために、著者は同じ鳥を飼い、生活のトレースを試みる。----

 

 なるほど。面白そう。その結果、「ムクドリが人間の奏でる音楽に参加したがることに気がついた著者は、音楽に満ちたモーツァルト邸でも同様に合奏を楽しんだだろうと推理した」という。

 

 またこんなことも。「ムクドリ入手の際、彼が完成させたばかりのピアノ協奏曲の主題をさえずっていたという謎にも挑んだ」とある。へえ、ピアノ協奏曲! どれだろう、何番だろう? ムクドリがさえずるピアノコンツェルトの主題。「こころ旅」の駒村多恵さんじゃないが、「聴いてみたあーーい!」。ひょっとしてモーツァルトはムクドリと合奏、あるいは音階で会話していたのでは、と思うと、なんだか楽しい。


つぶされた座席

 朝、目覚めてから布団の中でしばらく考え事をする癖が身についた。ある出来事が起こった時あるいは情報に接した時には気がつかなかったことを、必ずのように思い出す(発見する)。

 

 沢田研二さんがコンサートを中止にしたことについては、批判も多かったようだが、寝覚めに思い出して、ある情景が浮かんだ。それは「座席(客席の一部エリア)が死角でもないのにつぶしてあった。リハーサル中にモニターを見て『なんだこれは』となって。最終的に中止は自分で決めた」と沢田さんが言ったという、その客席だ。

 

 耐えがたい、と思う。公演を行うアーティストにとって。客席とは、お客さんが座っていなくても、生きもののようなものなのではないか。それがつぶされている。おそらく、その光景が突然の中止を決断させたきっかけだと思う。本人はもちろん、ファンにとっても耐えがたい光景だ。

 

 イベンターなどとの詳しい契約内容は、素人の小生にはわからない。ただテレビで弁護士のコメンテーターが「(客数が)口約束と違っていたからといって法的にどうとはいえない」と発言していた。この世の中、すべて法律で動くわけではない。口約束であっても、それは信義の問題だ。沢田さんが怒るのも無理はない。

 

 ああ、トラウマがまた疼いた。何年前だったかも忘れていたのに。誰あろう、ポール・マッカートニー御大の国立競技場公演のチケットが当たり、当日、最寄りの駅まで行ってから、中止を知らされた(風邪だったっけ?)。その晩は中央線の電車の行き交いが見える焼き鳥屋でヤケ酒をあおった。コンサートが中止になった時のファンのがっかりは身をもって知っている。

 

 それでもアーティストを憎む気にはなれない。それがファンというものだ。沢田さんに対して、イベンターだか誰だかはデリカシーに欠けていた。座席がつぶされていた光景に、沢田さんの胸が痛んだ。それはまともな感覚、やさしい人だからこそだと思う。


伊東きよ子をもう一度

 なんとも不思議な歌を聴いた。独特な女声、歌い回し、待てよこれは伊東きよ子さんではないか、「花と小父さん」の。聴いた歌は調べたら「りんごの花咲く頃」というのだった。作詞・橋本淳、作曲・すぎやまこういち、という。ああ、この伊東きよ子ワールド……!

 

 「花と小父さん」は1967年発表のヒット曲。浜口蔵之助の作品だ。もとは植木等さんのために書かれた曲だという。伊東きよ子さんの歌を調べてきると、「愛のかけら」という自身の作詞作曲のもある。驚いたのは寺山修司作詞、すぎやまこういち作曲、クニ河内編曲の「涙のびんづめ」という歌があったことだ。

 

 ----あたしの涙を小さなびんに入れて 海に流してやりましょう あなたのくれた 涙のびんづめ

 女の子ならば誰でもいちどは流す キラキラポツンの恋のしたたり 海は大きな みんなの涙

 あたしの涙を小さなびんに入れて 海に流してやりましょう  大人になったら 帰っておいで----

 

 てな具合。こういう流れ、ジャンルというか、寺山氏にありますね。1960年代後半は、あらためて豊饒な時代だったと思う。最近、GS=グループサウンズというものを見直している。何年かたってあっという間に消えていったが、ある時期、果たした役割は大きかったのではないか。伊東きよ子さんもGSやフォークの名曲をカバーしている。1972年にはポール・サイモンの曲をカバー、英語で歌ってるアルバムを出している。

 

 伊東きよ子さんの経歴を調べてまたびっくり。宝塚音楽学校に入学し、ミュージカルのオーディションに合格してダンサーとして出演するが、アキレス腱を痛めて踊りを断念、宝塚を退学。流行り始めたフォークソングに傾倒し歌手へ転身、1965年の第1回フォークソングフェスティバルでデビュー。翌年には米国の人気グループ、ニュー・クリスティー・ミンストレルズのオーディションに合格して正式メンバーになった! 翌1967年帰国し「花と小父さん」でデビューと相成った。1970年代前半まで活動という。

 

 シンガーソングライターもいいけど、あの時代、GSやフォークではプロの作詞、作曲の歌も多かった。そして編曲。まさしくプロの時代だった。その後はアマチュアの時代。「戦争を知らない子供たち」の出だしの「せんそう」のアクセントを、永六輔氏が「それじゃ”浅草寺”だろ!」と批判していた。曲も、日本語も本物だったあの時代。年寄りが! といわれるのかな。

 

 


アズナブール氏を偲ぶ

 シャルル・アズナブールさんが死んだ。94歳というから長生きではある。でもとても悲しい。あの歌声、それからにじみ出る人生の悲哀、愛の歓び、品格。本物の人間だと思う。歌手とか俳優とかそういうのを超えて。

 

 「イザベル」「ラ・ボエーム」「帰り来ぬ青春」「忘れじの面影(She)」。エディット・ピアフに認められて世に出たという。シャンソンの歌唱力は特別なものだ。シルヴィー・ヴァルタンのヒット曲「アイドルを探せ」の歌詞も彼の作品だという。

 

 ところでアズナブールさんの曲で「Who(will take my place)」=仏語では「Qui」というのがある。これ、とても美しく悲しい。この曲を知ったのは実はカバーからで、ウォーカー・ブラザーズ解散後にスコット・ウォーカーが歌っている。ソロになって間もなくのカバー・アルバム「スコット・ウォーカーBBC.TVショー」に入っていた。英詩だが、こんなフレーズがある。

 

 Why do the gods above me play this cynical game

 

 Life isn't what it seems, tickle as the wind, fragile as a dream

 

 When I end my years, who will ease your pain 

 

 心変わりした恋人に、狂おしいほどの愛を叫び、嘆く。ホント、いつ聴いても落涙ものです。

 

 スコット・ウォーカーはフランスのジャック・ブレルに心酔してカバーも多い。例えば「行かないで(If you go away)」=仏語では「Ne me quittes pas」。これはダスティ・スプリングフィールドをはじめ多くの歌手がカバーした名曲。これもいいです。

 

 でも、アズナブールの「Qui」はもっと情熱的で、その世界を如実に表している。聴きながら、シャルルを偲びます。

 

   When you end your years, who will ease my pain……

 

 

 

 


ここそこどこでも

 ジョン・レノンが唯一ほめたポール・マッカートニーの曲というのを最近ポールが語ったという。

 

 それは「Here, there and everywhere」だって。わかる気がするなあ。とてもいい曲だもの。この曲が収められたアルバムは「リボルバー」で、このアルバムはビートルズにとってとても重要だと思う。それまでの音楽のエッセンスを凝縮させながら、その後の、ビートルズのみならず音楽全体にとって重要な、新しいサウンドを実験的に試みているからだ。「She said, she said」も好きだが、「トゥモロウ・ネバー・ノウズ」がどれだけ未来的で、その後のアーティストに影響を与えたか! 「リボルバー」の中では「For no one」も好き。

 

 ところでポールはジョンとの関係について確かに競い合っていたという。で、その象徴的な例としてジョンの「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」とポールの「ペニー・レーン」がシングルダブルA面になったのを挙げていた。なるほど、いかにもだ。しかもビートルズにとって一番いい時代、時期だったのではないか。いろんな意味で。今週は仕事でいろんなやり取りがあって、コミュニケーションの難しさを感じ、ちと疲れたが、上記の曲でも聞いて土日を過ごそうかな。


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