流刑囚、脱走者の自由

 小栗虫太郎の「海螺斎沿海州先占記」という小説は、何度読んでもわくわくさせてくれる。この作品は半分史実、半分空想だと小栗が序章で紹介している。江戸時代の日本の冒険家(?)で、江波戸海螺斎(えばと・べえさい)という人物が、沿海州からウラジオストックを経て、無名の地、ある土地に着く。

 

 ----そこには自由を求めて逃げだしたシベリヤ流刑囚の脱走者や、コサックや、満土人の人殺しや、涜職、清朝官吏などの逃亡者が、実に妙な具合に風のまにまに集ったかのごとく、その人外境にふしぎな一鄹落をつくっていたのである。----

 

 ----しかしそこは、地味は痩せ、半年以上も氷にとざされる。まことに、かれら逃亡者の生活は泥よりも襤褸よりも、いや、万物の霊長でありながら狼群に圧せられるほど、惨めであったのだ。----

 

 海螺斎は山中の川の近くでロシア人らしい男と出会う。その男はいう。

 

 ----俺かね、おれはアヤンから来たよ。黒竜江から陸呈七百露里ほどのところに、アヤンという港がある。そこに、俺がいたといや、いわずと知れた流刑囚だ。また、ここに今いるというのも、脱走の果のことはお察しのとおりだよ。しかし君は、なぜ流刑地だと云ってもここと比較にならんアヤンを出て、こんな獣暮しをしなきァならないところへ、なぜ俺がやってきたのだろうと……、不審がるだろうが、その気持ちだけは分るまい。そいつはね、俺たちほどになると、ひじょうに厳格になってくる。自由と云うものの本質を、徹底的に究明するようになる。むろんアヤンは、野っ放しだが、青空下の牢獄だ。いや、このシベリヤ全体が、広闊たる監房だ。では、自由はどこにある? 自由とは何ぞやーーとなったのだ。しかしそれは、俺たちにはたった一つの場合しか自由はない。−−追われることだ。こいつ捕まえてやろうと、追っかけられてる間こそ……。ハッハッハッハ、この逆説は君にはわかるまい----

 

 流刑囚の脱走者が追いかけられている、それが自由だ、というのだ。男はアヤンから逃げ、氷の上に乗り出し、嵐に遭い、「まるで岩を千切ってくるような烈風と、砂嵐のような雪」に見舞われながら、その土地にたどり着いた。

 

 ----それからだ。くる日くる日の滅入るような単調さ。この平板無味の世界に、とにかく俺は生きていた。兄弟よ、本音を吐きァ、自由は懲りごりだ----

 

 と、からからと笑ったという。うーん。ガーン。

 

 


月に叢雲大笑い

 朝ドラ「わろてんか」で、人に笑われるのと人を笑わせるのは違う、とかいうが、昨今はその違いが薄れてきたんとちゃうか、と思う(関西弁うつった)。お笑い番組はもちろん、ワイドショーでも笑いが大きな比重を持つ。芸人同士はお互いの笑いに寛容で、笑ってばかりいる。なぜなのか。ここで、上質なユーモアはいいけどね、と気取るのもまた、なんだかなあ。メディアによってでなく、人と人の直接の会話で、笑いがあればいいな、と思う。あるいは景色や自然や動物を見て。思い出し笑いでなく。

 

 ----唐代の禅僧薬山和尚はある日、僧堂の裏手にある山上を散歩していた。夜中になって薬山はその山上で、突然、大声で一笑した。近隣の村々の住民たちは、その夜同じ笑い声を聞いて、口々に言った。「東隣で人の笑う声がした」。翌朝になって、村々の者は笑い声の主を求めていっせいに東へ東へと探して、ついに薬山の寺にたどりついてしまった。とりつぎに出てきた弟子によれば、「たしかにゆうべは和尚が山頂で大笑いするのが聞こえた」と言う。この話は有名になり、それを伝え聞いた薬山の友人李総理はこんなほめ歌をつくった。

 「静かな住居を見つけて、飾らぬ心を楽しみ、年中、客を送ることもしない。あるときは、弧峰頂上にのぼって、雲のうちから顔を出す月に大笑いする」。----(中沢新一「森のバロック」)

 

 ----この禅僧は月が雲間から顔を出すことによって、大空のしめす連続体にいわば「句点」が打たれたこと、連続体に切断が飛び込んできたこと、ただそれだけのことに身体全体を揺すらせて、笑っているのである。光の放射が、突然に大空に広がり、明と暗の輪郭の明確な差異が、目に飛び込んでくる。その瞬間に、笑いがはじけとぶのだ。空や無や無限そのものから、笑いが生じてくることはない。空を横切る光が、そこに溝や痕跡を刻み込んだとき、空の連続体に、光によって「特異点」が打たれ、トポロジーからひとつの空間構造が発生するときに、存在と意味が生まれ出るまさにその一瞬をとらえて、禅僧は無邪気な大笑いで、あたりを揺るがすのである。----(同上)

 

 上記は中沢氏の「チベットのモーツァルト」フランス語版の一部の日本語訳だそうで、ジュリア・クリステヴァの「笑い」論から始まり、ラブレー的哄笑、スウィフト的嘲笑、チャップリン的な笑いとは違う、東洋の笑い、タオの笑いを指摘する。

 なんだか吉田健一氏の小説「金沢」などの著作を思い出す。そんな世界だ。吉田氏の「金沢」とプログレッシブロックのYESの代表作「危機」(Close to the edge)は、ほぼ同じ年代につくられたが、驚くほど似ている。そういえば「危機」はヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」にインスパイア―されてできた。そういえば吉田氏はケンブリッジ大に学び、英国の文化に通じている。話がそれたが、みんなつながっている。わっはっは。


ビロード張りの裏面

 ----そこから、植物学の認識論的な優位がもたされる。というのは、語と物とに共通の空間が構成する格子は、動物よりも植物をはるかによく受け入れるし、植物の場合のほうがはるかに「暗い」ところがすくないからだ。動物の場合には目に見えないおおくの本質的器官が、植物では目に見えるため、直接知覚できる可変要素から出発する分類上の認識は、動物の領域よりも植物の領域においてはるかに豊富かつ整合的だったのである。したがって、ふつう言われていることは逆転させなければならぬ。十七、八世紀において植物に関心が寄せられたから、分類の方法が検討されたのではない。可視性の分類空間においてしか知ることも語ることもできなかったからこそ、植物についての認識が動物についてのそれにたいして優位に立たざるをえなかったのだ。----

 

 またまた中沢新一「森のバロック」から。上記はその中でミシェル・フーコーの「言葉と物」を引用しているところ。フーコー得意の、因果関係の逆転がここにもあらわれている。日本では磯田光一氏なんかも得意技にしてた。さらにこれ。

 

 ----もっとも秘められたその本質を植物から動物に移行させることによって、生命は秩序の空間を離れ、ふたたび野生のものとなる。生命は、おのれを死に捧げるのとおなじその運動のなかで、いまや殺戮者としてあらわれる。生命は、生きているから殺すのである。自然はもはや善良ではありえない。生命は殺戮から、自然は悪から、欲望は反=自然からもはや引きはなしえぬということ、それこそ、サドが十八世紀、さらに近代にむかって告知したところであり、しかもサドはそれを十八世紀の言語(ランガージュ)を涸渇させることによって遂行し、近代はそのためながいこと彼を黙殺の刑に処していたのである。牽強付会のそしりを免れぬかも知れないが(もっともだれがそれを言うのか?)、「ソドムの百二十日」は(キュビエの)「比較解剖学講義」のすばらしい、ビロード張りの裏面にほかならぬ。----

 

 本はテーマに沿ってまともに読むのが一番正しいというより面白いのだが、いろんな読み方ができるのも楽しい。上記のフーコーの「生きているから殺すのである」、サドを登場させて「ビロード張りの裏面」なんか、おなじみのフーコー節って感じ。

 

 この「森のバロック」という本は1992年刊行で、書かれたのは80年代からのようだ。南方熊楠についての本だが、レヴィ=ストロースやフーコーやドゥルーズ、クリステヴァなどの引用がなされている。なつかしいというか、でも彼らの磁力はまだ現在にも及んでいると思う。もっと味わいつくしてもいいのではないか、その果実を、搾り汁を、ワインを。

 

 


現代の説話学=マスコミ

 テレビってなんで四六時中、うるさくしゃべってるんだろう、と最近思って、でなきゃテレビでないだろうというツッコミがすぐ返るだろうなとも思った。でも、うるさい、うるさすぎる。だから同じテレビでも、なんということない古い町並みや景色を映す番組が好き。地方のケーブル局で、ただ街角、街並みを映す番組があって、音楽は低くBGMだけで、言葉いっさいなし、これ好きだな。テレビは映像で勝負! 言葉は要らない。

 あっ、例外は銀河万丈氏らのうまいナレーション。正しく美しい日本語だよね。近頃のタレント、レポーターはもちろんアナウンサーでも間違うし噛むしとちるしアクセントが大間違い。日本語を小学校からやり直せって。

 

 ----説話には、ナレーションの秩序がある。それは、政治制度とよく似ている。政治制度はいったんその磁場に引き込まれた人間の意識を、制度の陸額にふさわしいものに、徹底してつくりかえようとする。それと同じように、説話はあらゆるものを自分の磁場に引き寄せようとし、一度その磁場に引き寄せられたすべてのものを、ナレーションの秩序にふさわしい内容と質をもったものに、変形してしまう、恐るべき力をもっているのだ。この説話体制の性質を調べるために、「説話学」という学問が、存在しなければならない。しかし、それはあくまでも、民俗学の一部にすぎない。なぜならば、説話学の対象は、民俗学がほんらいあつかわなければならない領域をこえて、深く近代市民社会の深層にまで、およんでいるからだ。説話の体制を分析=破壊しなければ、「具体の科学」であり「野生の思考」である、民俗の本質に触れることはできない。ましてや、社会と主体の奥底のシーンに触れる、始源学としての民俗学をつくることはできない。説話学は、それ自体として独立させ、政治学の横に置かなくてはならない学問なのだ。----(中沢新一「森のバロック」)

 

 ナレーションの秩序、説話、これって新聞・テレビなどマスコミ、ジャーナリズムって呼ばれるもののことではないか。その本来の性質からして政治と近い。まさに「政治学の横」にいる。ふんぞりかえって。

 

 中沢氏はこの後、ロシアの民俗学者プロップとレヴィ=ストロースの論争を紹介。プロップはロシアのフォルマリズムと近いという。ここでは構造主義の、説話の秩序をいったん分析=破壊して、別の思考の秩序、神話論理、さらにその向こう側にまで出ようとしている、作業をしなければならない、という方に軍配を上げているようだ。そのうえで

 

 ----説話は民俗の「原子」の豊かな内容を、抽象化し、説話形式の要求にそれをしたがわせようとする本質を、もっているのである。ここが、熊楠が説話の魔力に警告を発する理由なのだ。問題は、説話が人を引きつける魔力をもっている点だ、と熊楠は力説する。それは誘惑する力と酔わせる力を、もっている。そのために、上手な説話を語る人々は、聞いている人たちの興味を引きつけておこうとして、しばしば嘘をつく。ナレーションやドラマツルギーのおもしろさのために、思考の真実を犠牲にしてまでも、彼らは説話の誘惑に身をゆだねようとするのだ。−−−−そこには、都市と近代が発揮してきた魅力と、同質のものが存在する。----(同上)

 

 重ねていうが、これってマスコミでしょ、テレビでしょ。新聞でしょ。


人柱と馬の首〜南方熊楠とニーチェ

 中沢新一「森のバロック」に、「例外」という言葉を見つけてわくわくした。例外というのが大好きなのだ。世の中の例外を集めて「例外学」という学問でも始めたいぐらいだ。

 

 ----熊楠は、民俗学には残酷の感覚が必要である、と考えていた。それはこの学問が、人間的なるものすべての根源に触れていくような、始源学でなければならないからだ。人間的なるものの根源、その奥底の競技場では、たえまない残酷が行使され、その残酷の中から、差異の体系としての文化が創出されてくる。民俗学の主題は、近代のあらゆる学問に抗して、その始源の光景を、知の言葉の中に、浮上させてくることにある。近代のあらゆる学問に抗して、と言ったのは、近代の社会とそれをささえるすべての文化装置が、あげて、この始原の光景を隠蔽することから、みずからの存在理由を打ち立てようとしているからであり、民俗学はそれに抗して、近代の言説に亀裂を入れる、本質的に「例外の学問」にならなければならない。南方民俗学は、そのような始源学をめざしていた。----

 

 ここは、人柱をテーマに、柳田国男やレヴィ=ストロースのように社会実体の観念の内側から見るのでなく、熊楠はカオスの中からプロセスとして社会がつくりだされるという立場を取る、という中沢氏の説だ。この箇所の最後はニーチェの有名なエピソードを含む美しい表現で締めくくられている。中沢氏は実に文学者なのだ。

 

 ----残酷の民俗学ーーアントナン・アルトーの演劇にならって、私たちも、南方熊楠の学問を、そう呼ぶことにしよう。ホテルから一歩外へ出たとたん、そこに見た馬車につながれた馬の姿に心を打たれ、馬の首をいだいて、涙を流すニーチェ。ニーチェはこの瞬間から、狂気の淵に沈んでいくのだが、この狂気すれすれの優しさをもった人間だけが、存在の奥底にくりひろげられている残酷を見ることができる。熊楠には、その光景がありありと見えていた。だが、世の中には、別種の残酷が存在する。知的冷酷を生むその残酷は、熊楠やニーチェやアルトーが見ている、生命と存在の奥底における残酷の真実などは見えない、聞こえない、と語って、さっさと先に行ってしまうのだ。----

 

 別種の残酷、知的冷酷。そんなのが今、あふれている。さっさと先に行ってしまう。


青「森」のバロック

 ----それよりも彼が関心をもったのは、都市生活といわず、常民生活といわず、すべての人間世界によって隠されてきた、人類の文化の始原の謎なのである。この始原は、ただ隠されてあるだけで、ロンドンでも、東京でも、田辺でも、ニューギニア高地でも、およそ人間の生きるすべての空間に、存在する。ただ、近代の市民世界にくらべると、未開社会や田舎の世界には、さまざまなフォークロアのかたちで、それらの始原がより裸に近い形態で、意識の地表近いところに、露出されているケースが多いのだ。そのために、民俗学研究には意味があるのだ。それは、近代によって隠されてきたものばかりではなく、人間の社会そのものによって、いわば「はじまりのときから隠されてあったもの」を、探求する学問なのだ。熊楠は、地方都市住民の、ディレッタント民俗学を尊重しながら、あくまでもローカルなその場所に立って、世界と人類に超出していこうとしていたのである。

 これが、彼の考える「世界民俗学」の思想である。それは、たんなる比較の学などではない。熊楠は、「国際的」であることなどに、なんの価値もみいだしてはいない人だ。それよりも、彼は「世界」であろうとした。----(中沢新一「森のバロック」より)

 

 図書館の棚卸しでただでもらった本だが、意外やめっけもの。最近必要があって棟方志功のことを調べていた。直後にこの本を読んで、南方熊楠と棟方志功の共通性に気がついた。ま、ミナガタとムナカタだもんね。って、棟方はサンパウロ、ベネチアのビエンナーレで賞を取ったり、国際的な評価が高いけれど、「国際的」にはなんの関心もない。目指したのは「世界」であり、その出発点は青森、津軽という極めて始原的なローカルだったのだ。

 

 熊楠は米国に行き、英国に渡り、大英博物館を起点に世界の知恵者と論争したりして、日本に帰ると那智の深い森で暮らし、そして田辺という地方小都市で暮らして真理を追究した。地方都市にいるのも悪くはないんだ、と思ったり。

 

 今でこそ棟方志功をはじめ太宰治、寺山修司などは青森が生んだ天才異才奇才と評価は定まっているが、ちょうど仕事の脂がのっていた頃、地元での評価評判はあまりよくなかった。中には悪口もあった。それを知っている世代としては、こんにちの批判を許さないような持ち上げ方には「手のひらを返したように」と反発も感じる。でも少なくとも「世界」を目指し、求めた人は地方出身者に多い。それも独自の風土を持ついかにもローカルな土地の、である。

 

 先日、西部邁氏の訃報に関するブログで東大の中沢新一事件について触れていて、ああ、そういうこともあったよなと思いだした。ある週刊誌であの時代、ライアル・ワトソンと中沢氏が対談していて興味深かったが、最近上記の流れで書棚からワトソンの「生命潮流」などの本を引っ張り出したが、ちょっと読んでみて、やっぱり胡散臭いや!


体のリズムと長寿

八甲田

 

 またまた無料の出版社PR誌から。今回は藤原書店の「機」11月号。生命科学者の中村桂子氏が「寿命遺伝子とカロリー制限」と題して書いている。

 

 現在の日本の最長寿は鹿児島県の女性で117歳、この人が世界一でもある。記録ではフランスの女性が1997年、122歳で亡くなった。画材店を訪れたゴッホを知っているというから「歴史が近くにきたような気がした。ヒトの寿命は、120歳ほどと考えるのが妥当だろうか」(中村氏)。

 

 日本で今、100歳以上の人が6万7千人の報道には中村氏も驚いたという。そして「お漬物など塩分を多く摂っていた食生活の改善が功を奏したとある。これは環境の影響の大きさを示すが、寿命に関わる遺伝子も気になる」という。

 

 塩分については最近も諸説あり、“犯人”なのか濡れ衣なのか微妙なところもあるが、中村氏の専門分野である遺伝子の方が、こちとらも気になる。

 

 線虫という1ミリほどの生物は3日で成熟、10日で老化が始まり、21日ほどで死ぬという。このため老化や寿命の研究に使われる。中村氏はこう書いている。

 

 ----老化が遅く寿命が長い突然変異体で変化している遺伝子を探したところ、12種類ほど見出された。分類すると大きく3つの性質が見えてくる。1つは体のリズムに関わる。いわゆる時計遺伝子であり、変異体ではすべてがゆっくりと進み、寿命が1・5倍になった。他の2つは活性酸素に関わる遺伝子と、神経や内分泌に関わる遺伝子である。活性酸素は、細胞を損傷するのだからさもありなんである。

 一方、カロリー摂取の制限で、寿命が1・4〜2倍、延びることもわかった。興味深いのは酵母菌の寿命を左右するSirzという遺伝子に似た遺伝子(サーチュインと命名)が人間でも7種類見つかり、カロリー制限によってサーチュインが活性化されることである。寿命が延びるという確証はないが、何かありそうだ。でもこの制限、40%とか70%と聞くと、そこまでして長生きするか、心ゆくまで食べるか、迷う。----

 

 うちのおばあちゃんも92歳で、心臓や腎臓が弱り、医者によっては塩分、水分の制限が必要という。別の医者はもう92なんだからある程度は制限を超えてもおいしく食べていいよ、という。これは後者の方に賛成なのだが。

 

 さてカロリーの話もさることながら、時計遺伝子の話に注目したい。体のリズムに関わる遺伝子である。「すべてがゆっくり進み」とあるが、単にその速度の問題なのだろうか。

 

 ウォーキングの時に発見したのだが、音楽に合わせて歩き、次の曲に移ってリズム、テンポが少しだけ変わっても、合わせるのに意外に苦労することがある。ちょっと速くなった、遅くなった、だけでは説明しきれない、そのリズム特有のもの。それぞれのリズムが「個性」を持ち、それを主張するようなのだ。

 

 ウォーキングで音楽はインターバルに用いるため、3分間のを集めた。歌・音楽で3分ほどの長さを探すのに、そんなに苦労しない。実に多い。これは昔のレコードのシングル盤(ドーナツ盤)が、3分ほどの容量だったためだろう。

 

 クラシックの交響曲などを聴くと、ただ長いというだけでなく、実に豊かに時間を使っていると思う。こうした時間やリズム、テンポが、寿命や長寿の遺伝子に関わっていると思うのだ。科学的知識はまるでないが、確信している。


弟子のままです

 さてジュンク堂での立ち読みは続く。澁澤龍彦氏についての本で中沢新一氏が書いていて、澁澤氏は上杉謙信と織田信長が好きだったという。どちらかといえば信長で、とか、鉱物から後年は水になり、小説・物語を書いていった、など、実に興味深い。澁澤氏もまた古い体質の文壇・論壇・社会に敢然と戦いを挑んだのだ。中沢氏はこの文章の中でジュリア・クリステヴァの「アブジェクシオン」理論も引用。これについては松岡正剛氏も「千夜千冊」でふれていて、おもしろいっす。(モヤさま風)

 

 帰る際、丸善ジュンク堂のPR誌「書標」(もちろん無料)をもらって、家で読んでたらこれがまた面白い。「四方対象〜オブジェクト指向存在論入門」(G・ハーマン著)の書評では、

 

 ----彼はむしろ、現象学の内破的な乗り越えを企図していることが分かる。フッサールが師ブレンターノの「志向性」概念の刷新を受けて現象学的領野の内に「対象」を見出したことを評価し、そして彼を継いだハイデガーの道具分析を援用して「実在」を掬い(救い)上げていくのだ。----

 

 ----現代の多くの実在論者が与しがちな科学的自然主義の対極に立つ。……“人間の意識は宇宙を超越し、科学という中立的な虚空からそれを観察するのではなく、実在の中間層をいつまでも掘り進んでいく”。その豊穣な中間層こそ、「対象(オブジェクト)」なのである。

 ハーマンは、ニーチェの言葉、“弟子のままでいるなら、師に報いたことにはならない”を引き、「先人に払うべき最高の敬意」は「彼らを何か別のものの先駆者へと変化させること」だと言う。----

 

 実在の中間層、豊穣な中間層を掘り進む。って魅力的だな。世知辛い、バカみたいな世の中だけどね。笑いながら掘り進もうか。

 


虚無への線香

 読む本がなくなって、書棚から目をつむって一冊を取り出し、目をつむってあるページを開いた。中井英夫「虚無への供物」についての中条省平の評論「オイディプスの嘆き」だった。

 

 これは「虚無への供物」というより、中井英夫氏の「薔薇幻視」についての文章だった。でも結局は同じというか、でも違うという微妙なところなのだった。

 

 「薔薇幻視」は中井英夫の初めてのフランス旅行の紀行文。ブローニュの森にある薔薇園でのエピソードが感動的だ。

 

 ----中井は見学者のなかに、白い杖をついた盲目の若い女性と、彼女を支える父親か年の離れた夫らしき紳士を見かける----

 

 っと、これは中条氏の文。そして原典の中井氏のはこう続く。

 

 「二人はここというところで立ちどまり、男がその手を把って花に触れさせる。女性は深々と息を吸ってその香りを楽しんでいる。

 もう、それを見ただけで私はみっともなく泣き出していた。森の奥の薔薇園の静謐はただこのためにあったのだ……」

 

 これだけでもう何も言うことはないのだが、問題はその後だ。小生もこの本やっと見つけて買ったが、「薔薇幻視」にはなんとそのカップルの写真が載っている。これ、どうなんだろう。文章だけでよかったんじゃない? で、中条氏はこう書く。

 

 ----すかさずその写真を撮ったカメラマンのプロ意識と、泣いて立ち尽くすだけだった自分のみっともなさを対比しながら、中井は、軟弱なヒューマニズムなど捨てて狩猟本能の赴くままスクープを重ねることこそが、「この社会に生きることなのだ」と考える。しかし、その考えが「何も間違っていないから間違っている」とも思う。そうして、自分は薔薇の迷路によって、「望みもしない私自身という迷路に導かれている」と呟いて、この章を打ち切るのだ。----

 

 さらに中条氏は、これと同じことが「虚無への供物」で書かれているという。

 ----「虚無への供物」終章のクライマックス、殺人者の告発の件(くだり)である。海難事故で渦に飲みこまれる人々の群れにカメラを向ける見物人への有罪宣告。

 「自分さえ安全地帯にいて、見物の側に廻ることが出来たら、どんな痛ましい光景でも喜んで眺めようという、それがお化けの正体なんだ。……あの薔薇の名に因んだ詩は、何か優雅な意味らしいが、あれをもじっていえば、そんな虚無への供物のために、おれは一滴の血を流したんじゃあない」。----

 

 そう、小生もそう思う。この殺人者は虚無ではない。虚無を断固として拒否しているのだ。インスタ映え、不倫、自殺願望殺人事件、切れる老人、いじめ、相撲力士の暴行事件……。今の世の中あまりにも虚無じゃないかと思う。「この社会に生きることなのだ」「何も間違っていないから間違っている」という中井氏も、虚無に浸食されているのでは? と今になって思う。

 でも「何も間違っていないから間違っている」の言葉には、やはり虚無への拒否があるという感じもするのだが。虚無ってかっこよさそうだが、実際はひどいものなのだと思う。「虚無への供物」の殺人者に共感する。 

 

 


唯一者が風なくして呼吸

 中村元著「インド思想史」の最初の方に「リグ・ヴェーダ」についての記述があり、興味深い言葉があった。

 

 ----「リグ・ヴェーダ」に現れる神々の個性が不明瞭であり、かれらの間の区別が判然としていないので、すでに「リグ・ヴェーダ」の中に、諸々の神々は一つの神の異名にほかならないという思想が表明されている。

 

 ----古来の確固たる神々の信仰が動揺し始め、旧来の伝統的観念はもはや自明のものではなくなり、いまや新しい思索が始められた。「われらの祀るべき神は誰ぞ?」。そうして神々をも超越したより根底的な世界原理を探求するに至った。

 

 ----宇宙創造に関する当時の見解は、極めて大まかに分けるならば、大体二種に区分することができる。一つは宇宙創造を建造に比し、他は出生になぞらえるのである。

 

 そして、ここだ。この文言、表現にはなぜかぐっと、ざわっとくるものがある。

 

 ----「有に非ず、無に非ざるもの」を説く讃歌においては汎神論的思索は絶頂に達した。それによると、太初には無もなく有もなく、天も空もなく、死も不死もなく、夜と昼との区別もなく、暗黒に蔽われていた。「かの唯一者」だけが風なくして呼吸していた。宇宙万有は光明なき水波であった。その唯一者に意欲(kama)が現れた。それを原動力として万有を生起せしめた。神々も宇宙の展開より後に現れ始めたという。

 ことば(Vac)を最高原理と解する思想も現れている。ことばは太初において原水から生じたものであるが、あらゆる神々の保持者であり、万有を支配し、万有に偏在している。「自分が欲する者をバラモン・仙人・賢者とも為す」という。ことばの本性は経験論的知覚の領域を超越していて、「見つつある多くの人々も、実はことばを見ざりき。聞きつつある多くの人々も、これを聞かず。」----

 

 ロックでいえばYESやサンタナのジャケットにあったような、YESであれば「海洋地形学の物語」を思わせる。

 

 無もなく有もなかったのだ。そこに、唯一者の「意欲」が現れた。それは何によるものなのか。ひょっとすると退屈しのぎ、暇つぶしだったのかもしれない。どこかの女性教祖なら、愛、というのかもしれない。いずれにしろ、ここが二重の意味で出発点なのだと思う。そしてゴールか。


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