水の発見と研究

 令和の時代に即位された天皇陛下は、長年にわたり水問題の研究を続けてこられたという。学習院大では「中世瀬戸内の水運」、留学先のオックスフォード大では「テムズ川の水上交通」が論文テーマだったという。水の研究の幅は広く、渇水、貧困、衛生、教育から災害、交通、環境、資源などまでを含む。いってみれば地球問題にもなる。こんな奥深い、グローバルなテーマについてご研究されているということに、国民として感嘆と誇りでいっぱいだ。

 

 澁澤龍彦氏についての評論を中沢新一氏が書いたのは「文學界」1987年9月号で、一昨年5月発行の文藝別冊「澁澤龍彦ふたたび」にも再録された。タイトルは「水の発見」である。澁澤氏の織田信長、上杉謙信への親近感から始まり、後半は澁澤氏と水についての考察だ。信長に抗した一向宗は大河の下流のデルタ地帯に拠点を置いた。宗教的集団に海の民、川の民が大きな役割を果たしたという。

 

 ----それは水の流動性のなかから生まれ、成長してきた無限や超越の考えにふさわしい、なにか不思議な性格である。信長のそれが石や鉱物のなかから生まれてきて、世界にくっきりした幾何学的秩序をつくりだすような無限と超越であるとするならば、水の世界のなかから生まれてくる無限には「均質な無限空間」をつくりだしてくるようなものとは別種の、変化と流動をいのちとするような無限のおもむきがあり、その超越には世界の秩序をうえからコントロールし見通しをつけるのではなく、現実の世界をぬけだしていながらもつねにそのなかをつらぬき流れる力でありつづけようとする慈悲のこころがまえのようなものがそなわっていた。----

 

 中沢氏は、水の世界のなかから阿弥陀仏も貨幣も生まれた、という。そして硬質な鉱物体のような信長の精神は、もとはといえば水の世界と同じところから枝分かれしてきたものだ、という。そして澁澤氏が晩年に水の世界に踏み込む新しい表現にむかっていったという。

 

 ----(澁澤氏は)日本語の歴史のなかに封じ込められた別の空間の探究にむかっていった。そのとき彼の発見したのが水の空間であり、水の空間が語り続けるのを可能にする物語という形式であったのだ。水の空間は変化をつづけ、しかもニヒリズムとは無縁の純粋さをもち、それは語ることをけっしてやめないのだ。----

 

 澁澤氏の最後の代表作が「高丘親王航海記」。なんとも象徴的だ。そしてそれが日本なのだ。弥栄を祈るのみです。


宇宙的冗談〜底抜け脱線ゲーム〜

 チベット仏教の指導者で主に米国で活動したチョギャム・トゥルンパの著書「タントラ・狂気の智慧」に、「宇宙的冗談」という興味深い文章がある。

 

 ----自分の堅固さを確認しようと努力するのは、はたして自分は存在しているのかいないのかという不安があるからだ。この不安にそそのかされて自分の存在を証明しようと必死になり、あげくは自分の外に接点をさぐり、自分とは切り離されていて、関係を結べそうな何か堅固なものを見つける。だが本当に裏の裏を見ていけば、こんな企てはみな疑問に思えてくる。ひょっとして私たちはとてつもないいかさまを犯してきたのではないだろうか?

 

 ----このいかさまとは、私と他がともに堅固であるという感覚である。この二元的固定性は無から生まれた。原初には、開かれた空間(スペース)、ゼロ、自己完結した何の関係性もない空間(スペース)がある。だがゼロということを確認するためには、ゼロの存在を証明する1をつくらねばばらばい。だがそれでもじゅうぶんではない。私たちはただ1とゼロだけでは行き詰まってしまう。そこで私たちは先に進む、危険を冒して先へ先へ。1の存在を確かめるために2をつくり出し、また先へ進み、2を確かめるために3を、3のために4を、とどんどん進んでゆく。私たちは無限に進んでゆく背景、基礎をつくりあげたわけだ。これがサンサーラ(輪廻)と呼ばれる存在確認の連続的悪循環なのだ。一つの確認がもう一つの確認を必要にし、それがまたもう一つを必要として……。

 

 ----自分の堅固さを確かめようとすることにはひどい苦痛が伴う。私たちは、果てしなく続くように見えた床の端から突然すべり落ちる自分にいつも驚く。ならば、死から助かるにはすぐに床を拡張して、再び果てしなく見えるようにしなければならない。自分では、これで見た目には堅固な床の上にいるのだから救われたと思うのだが、やがてまたすべり落ちて、再び床の拡張工事だ。こういったプロセスは実はいらないものであること、立つべき床など不要だし、その床を地上と同じ高さに建てていたにすぎないことも私たちにはわかっていない。落ちる危険も、救いの必要も全然なかったのだ。実際には、自己の地盤を守るために床を拡張しようと懸命になること自体が、でかい冗談、冗談中の冗談、宇宙的冗談なのである。だが私たちのほうではそれをおもしろいとは思わないだろう。そんなことを言えば、ひどい裏切りのように聞こえるだろう。----

 

 床は不要だった。落ちる危険も救いの必要もなかった。床を拡張しようとする宇宙的冗談、いかさま……。

 

 下世話なことで例えたくはないが、作業服で出てきた富豪の外国人の方を思い浮かべてしまう。床の拡張工事をしていたんですね。巨大と思われる床をさらに拡張。でも、すべり落ちる。床からゴーン。


ドン・ファンをもう一度

 ----忍び寄りの技は心の謎だ。つまり呪術師が、次のふたつのことを知るにいたって感じる困惑である。ひとつは、われわれにはこの世界が、人間自身のもつ意識と知覚のせいで、まったく客観的かつ事実的なものに見えるということ。ふたつめは、もしもそれとはちがった知覚の特性が働くようになれば、あれほど動かしがたく客観的で事実的に見えたこの世界が変容をきたすということだ。----(カルロス・カスタネダ「沈黙の力」真崎義博訳より)

 

 寝る前に寝床で読む本に、若い頃に買った本を久々に持ち込んだ。ご存じ、ドン・ファン師匠の教えシリーズ。眠くてがまんができなくなった頃に、目にとび込んできたのが上記の一節。どきっとした。で、思った。あの頃はこういう世界に浸ったもんだったなあ。でも今読み返してみて、あながち若気の至りでもなかったのでは、と考え直している。少なくとも、「客観的かつ事実的」な世界というものが眉唾だということは、ますます言えてるし。


ゴミと元号

 橋本治追悼の文章を、仲俣暁生氏が新聞に書いていて、ある言葉に目が止まった。橋本氏が「窯変源氏物語」に取り組み始めた時、仲俣氏が橋本氏にインタビューした際のこと。

 

 ----このときのインタビューでのひと言がいまも忘れられない。「あなたたちが生まれてからいままでに見てきたものは、すべてゴミみたいなものかもしれないよ」。衝撃だった。が、あえてこう言うことで、サブカルチャーという居心地のいい場所にいつまでも安住せず、そこからの自立を促してくれたのだと思った。その後に出た「浮上せよと活字は言う」はこのときの言葉をあらためて言語化したような本で、現在にいたるまで何度も読み返している。

 平成という時代に入ってからの橋本さんの仕事は、日本文学史全体への挑戦だった…… ----

 

 すべてゴミみたいなもの。サブカルチャーも地位を得て、そこに安住してはいけない。仲俣氏の受け止め方は正しいと思う。しかしサブカルとか何とか、時代や空間を限った事象だけでなく、この世の今までのすべてを言われてるような気がする。大げさにとらえすぎかもしれないけど、ぎくりとする言葉だ。でも悲しいというより、どこか晴れ晴れとした開放感を感じるのは私だけでしょうか。

 

 お悔み欄。文芸評論家の高橋英夫氏が亡くなった。多くの作家、作品についての優れた、知性にあふれた評論を遺した。モーツァルトや吉田健一についての文章には感嘆したものでした。合掌。

 

 「元号考インタビュー・文化人編」という欄には講談の神田松之丞氏が登場している。赤穂義士伝を1702年というよりも「元禄15年12月14日…」といい、「爛熟しきっております文化文政時代の…」ということで時代背景が伝わるという。「慶安太平記」も「寛永宮本武蔵伝」もタイトルに元号が入っているだけで、昔の人は話の性質もわかってくるという。

 

 氏によれば、約4500ある講談のうち主要な物語は8代将軍吉宗の頃までに完成していたという。へえ、そうなんだ。

 

 ----なぜこんなに細かく元号が変わるのかとうっとうしかったが、背景をたどると、そこには物語があり、当時の人々の願いが生々しく感じられる----

 

 もし新作を作るとしたら元号で語るか、問いにこう答えている。

 

 ----元号で作るだろう。日本しか使っていないので格式が高くなる。----

 

 今後も元号制度を継承すべきか、との(新聞らしい)問いにはこう答えている。

 

 ----元号は面白い文化だ。ただの数字ではない。西暦を採用しながら元号を残すのは、人に合わせる良さを持ちながら、かたくなに文化を守る日本人らしさだ。元号がなくなると文化的に貧しくなる気がする。----

 

 新聞の連載だから、そこにはある種の意図的狙いを感じるが、松之丞さん、講談の語り口同様敢然と言い放ってくれた。さすが。


魂のナンバ歩き

 最近気になってしかたがないことがある。古新聞の切り抜きを整理して見つけた作家・富岡多恵子氏の文章で、もう四半世紀近く前のものなのだが、鋭い問題を突き付けている。

 

 ----或る時期から、日本人の若い歌手の歌うコトバ(日本語)がよく聴きとれなくなった。日本語であるらしいが英語のように発音されていた。さらにすすんで、日本語のなかに英語のフレイズがまざるようになった。……日本語を英語のように発音して歌っていた或る歌手は、日本語だとリズムに乗らなくて不便だとさえどこかで喋っていたが、それはもうかなり前のことだ。たしかに、メロディーでなくリズム優先のかれらの音楽にあって、それ自体すでにメロディーをもっている日本語は邪魔になる。----

 

 氏は、歌謡曲でさえうまく歌えない人が50年くらい前にはいたという。その歌謡曲になじみ、楽しんできた世代の前にも、コトバもよく聴きとれず、歌うこともできない異質の音楽が充満しているという。

 歌謡曲以前の日本の歌は、西洋音階でなく日本語の高低によるメロディーであり、それは稲が栽培されるようになった頃から続いていた。そういう時代の生産と生活のリズムが土台になっているというのだ。

 

 氏の指摘は歌から歩行に移る。能や狂言の摺り足は、水田農耕民の歩行の象徴で、右足が出ることは右手だけでなく右半身も出ること。いわゆるナンバ歩きであり、明治に軍隊・学校で行進風の歩行の訓練が行われても、最初はうまくできなかった人が多かった。西洋近代化の文字通り第一歩だったわけだ。

 

 そのためには「靴」が重要な意味を持った。女性のハイヒールは纏足みたいなもの。とにかく慣れるまでは、日本人は靴を履いて「痛い思い」をしてきたというのだ。そして現代では街を歩くと音や視覚で、本当は痛い思いをしているのに誰もそう思っていない、とした上で、氏は書く。今、「痛い思い」に悲鳴をあげているのは文芸ではないだろうか、と。

 

 氏は、文学新人賞の候補作品を読まされるのが苦痛だという。

 

 ----コトバを読むという行為によって得ると期待される「快楽」、それを味わうことがほとんどないためであろうとは思う。ところでわたしの期待するコトバがもたらす「快楽」が、農耕時代のコトバのリズムによるとはさすがに思いこんでいないが、日本語がつくるコトバ自体の虚構性が失われたか、少なくとも相当変質しているからではないかと想像するしかない。……

 おそらくわたしが「苦痛」を感じるのは、「小説」というコトバによるつくりものなのに、そのコトバ自体に呼吸(イキ)を矯める力がないからである。呼吸を矯める時に、コトバ自体が批評の運動体となって発語を歌(主情)から散文(客観)に移していくのではなかったか。……

 わたしの「苦痛」はカラオケで若い人気歌手の歌が歌えないと同種のものでもあるだろうが、多少の訓練のせいで、かれらの「物語」は嗅ぎとれるばかりか読みとることもできるのである。そしてそこに「物語」を「小説」という既成のカタチに依存する、過渡期的な退廃も感じる。……

 いくら記号化をすすめて「芸」を否定したコトバを使用するにしても、日本語を使用する限りにおいて、その生理を手玉にとらねば元も子もなくなってしまう。----

 

 痛い思い、過渡期的な退廃……。歌も文章も、ひょっとしたら生活すべてで痛い思いをしていながら、もう慣れてしまったのかもしれない。ナンバ歩きが靴を履かされ、行進させられる違和感、苦痛。魂がハイヒールを履かされている、そんなイメージがこの文章に接してから離れないのだ。慣れとは恐ろしいものと言ってしまえばそれまでだが、どこかで日本の呼吸(イキ)を取り戻す必要があるのではないか。そうしたら楽になれるのではないか。

 

 この文章が書かれてから四半世紀ほどがたって、もはや痛い思いの残像すら消えて、過渡期的な退廃から、過ぎてしまった退廃に突入しているかもしれないにせよ。

 


禁煙の大学キャンパスの門の前は喫煙所か?

 「正しいことがベストではない、人はなぜ間違えた選択をするのか?」というタイトルの文章を読んで、なるほどと思った。久留米大学商学部教授の塩崎公義さんの文章だ。

 

 「黙っている人の声を聞くのは難しい」の項では----円安の時輸入企業は苦しいが、儲かっている輸出企業は黙っている。円高の時と交互にそうなる。農産物の輸入自由化では、農家は反対するが消費者は黙っている。そうすると日本は反対派ばかりとなる。

 

 「いない人の声を聞く」では----カジノでは儲かって笑顔の客が残っている。ほとんどの負けた人はもう帰っている。夢を持とう、起業家になろうと学生に呼びかけている起業家は、例外的に成功した人である。多くの起業家は失敗している。

 

 「因果関係に要注意」では----警官が多い街ほど犯罪が多い、は正しいが、減らせば犯罪が減るというわけではない。株価は景気の先行指標と言われるが、株価上昇が景気を回復させるわけではない。投資家たちが景気回復を予想し、企業収益の改善を予想して株を買うので、予想が当たると景気が株価上昇に遅れて回復する。後から生じる事柄の方が原因という珍しい事例。

 

 「最初の数字に囚われない」では----途上国では10ドルの品に50ドルの値札をつけて「半額セールだから25ドル」という売り方をしている店があるという。半額すなわち安いではない。あるいは親戚にある製品を10個買ってくださいといわれ、2個買った。2個買ってくださいといわれたら1個買っただろう。宝石店の入り口に500万円の宝石が置いてあると、店に入った客が5万円の宝石は安いと感じる。

 

 「統計使いに騙されない」では----手術10回に1回は失敗していて昨日も失敗したという医者と、手術の成功率は90%で昨日も大成功だったという医者と、どちらの手術を受けたいか。

 

 「正しいことがベストな結果をもたらすとは限らない」では----某大学は教職員や学生の受動喫煙を防止するためにキャンパス内を禁煙にしたところ、皆がキャンパスを出た正門前で喫煙するようになり、かえって受動喫煙が増えた。「海の水を一口飲んだら海の水が減る」という主張をする人は、物事の本質を見誤る可能性が高く、議論の際に迷惑になることが少なくない。正しいという点では絶対的に正しいので、反論しにくいところが余計厄介。

 

 「世の中の情報は悲観論に偏っている」では----評論家は悲観論を好む。問題点やリスクを指摘すると賢そうにみえるし、様々なリスクシナリオを描けるので、聴き手を楽しませることができる。一方、楽観論は聞き手が退屈、何も考えていない愚か者のように見られかねない。評論家は悲観論が外れても怒られない。楽観論者が外れた時は批判されやすい。

 マスコミも悲観論が好き。例えば年金基金が運用で損を出すと大きく報道され、儲けると小さく報道されるので、人々は年金基金は運用で損をしているらしいと考えがち。実際には株高の影響で大きく儲けている。

 

 

 まったく同感です。

 

 ある大学のごく近くに住む親戚が言っていたが、キャンパス内全面禁煙はいいけど通用門の前で職員や学生が喫煙していて、そこを通る人は受動喫煙状態。時には吸殻が道路に転がっていて、防火上も危ないことこの上ない。どしてもタバコ吸うヤツがいるんだったら、キャンパス内にちゃんとした喫煙所を設置しなさいよ。受動喫煙者や近所の迷惑を考えないのか、と憤慨していました。

 

 この辺、今の日本社会のゆがみではありませんか。キャンパス内全面禁煙と決めた。ということはキャンパス外は喫煙可となる。ではその境界あたり、門の前とかはどうなるのか。キャンパスの外ということになるのか。全面禁煙のそもそもの目的は何だったのか。中年のオッサンの職員が、喫煙の間、通学する女子大生を眺めている、その光景の何と変なことか、とも。その通りです。

 

 全面禁煙は正しい。そこに陥穽がある。今の世の中、そんなことばかりじゃありませんか(鶴田浩二「傷だらけの人生」の口調で)。


流刑囚、脱走者の自由

 小栗虫太郎の「海螺斎沿海州先占記」という小説は、何度読んでもわくわくさせてくれる。この作品は半分史実、半分空想だと小栗が序章で紹介している。江戸時代の日本の冒険家(?)で、江波戸海螺斎(えばと・べえさい)という人物が、沿海州からウラジオストックを経て、無名の地、ある土地に着く。

 

 ----そこには自由を求めて逃げだしたシベリヤ流刑囚の脱走者や、コサックや、満土人の人殺しや、涜職、清朝官吏などの逃亡者が、実に妙な具合に風のまにまに集ったかのごとく、その人外境にふしぎな一鄹落をつくっていたのである。----

 

 ----しかしそこは、地味は痩せ、半年以上も氷にとざされる。まことに、かれら逃亡者の生活は泥よりも襤褸よりも、いや、万物の霊長でありながら狼群に圧せられるほど、惨めであったのだ。----

 

 海螺斎は山中の川の近くでロシア人らしい男と出会う。その男はいう。

 

 ----俺かね、おれはアヤンから来たよ。黒竜江から陸呈七百露里ほどのところに、アヤンという港がある。そこに、俺がいたといや、いわずと知れた流刑囚だ。また、ここに今いるというのも、脱走の果のことはお察しのとおりだよ。しかし君は、なぜ流刑地だと云ってもここと比較にならんアヤンを出て、こんな獣暮しをしなきァならないところへ、なぜ俺がやってきたのだろうと……、不審がるだろうが、その気持ちだけは分るまい。そいつはね、俺たちほどになると、ひじょうに厳格になってくる。自由と云うものの本質を、徹底的に究明するようになる。むろんアヤンは、野っ放しだが、青空下の牢獄だ。いや、このシベリヤ全体が、広闊たる監房だ。では、自由はどこにある? 自由とは何ぞやーーとなったのだ。しかしそれは、俺たちにはたった一つの場合しか自由はない。−−追われることだ。こいつ捕まえてやろうと、追っかけられてる間こそ……。ハッハッハッハ、この逆説は君にはわかるまい----

 

 流刑囚の脱走者が追いかけられている、それが自由だ、というのだ。男はアヤンから逃げ、氷の上に乗り出し、嵐に遭い、「まるで岩を千切ってくるような烈風と、砂嵐のような雪」に見舞われながら、その土地にたどり着いた。

 

 ----それからだ。くる日くる日の滅入るような単調さ。この平板無味の世界に、とにかく俺は生きていた。兄弟よ、本音を吐きァ、自由は懲りごりだ----

 

 と、からからと笑ったという。うーん。ガーン。

 

 


月に叢雲大笑い

 朝ドラ「わろてんか」で、人に笑われるのと人を笑わせるのは違う、とかいうが、昨今はその違いが薄れてきたんとちゃうか、と思う(関西弁うつった)。お笑い番組はもちろん、ワイドショーでも笑いが大きな比重を持つ。芸人同士はお互いの笑いに寛容で、笑ってばかりいる。なぜなのか。ここで、上質なユーモアはいいけどね、と気取るのもまた、なんだかなあ。メディアによってでなく、人と人の直接の会話で、笑いがあればいいな、と思う。あるいは景色や自然や動物を見て。思い出し笑いでなく。

 

 ----唐代の禅僧薬山和尚はある日、僧堂の裏手にある山上を散歩していた。夜中になって薬山はその山上で、突然、大声で一笑した。近隣の村々の住民たちは、その夜同じ笑い声を聞いて、口々に言った。「東隣で人の笑う声がした」。翌朝になって、村々の者は笑い声の主を求めていっせいに東へ東へと探して、ついに薬山の寺にたどりついてしまった。とりつぎに出てきた弟子によれば、「たしかにゆうべは和尚が山頂で大笑いするのが聞こえた」と言う。この話は有名になり、それを伝え聞いた薬山の友人李総理はこんなほめ歌をつくった。

 「静かな住居を見つけて、飾らぬ心を楽しみ、年中、客を送ることもしない。あるときは、弧峰頂上にのぼって、雲のうちから顔を出す月に大笑いする」。----(中沢新一「森のバロック」)

 

 ----この禅僧は月が雲間から顔を出すことによって、大空のしめす連続体にいわば「句点」が打たれたこと、連続体に切断が飛び込んできたこと、ただそれだけのことに身体全体を揺すらせて、笑っているのである。光の放射が、突然に大空に広がり、明と暗の輪郭の明確な差異が、目に飛び込んでくる。その瞬間に、笑いがはじけとぶのだ。空や無や無限そのものから、笑いが生じてくることはない。空を横切る光が、そこに溝や痕跡を刻み込んだとき、空の連続体に、光によって「特異点」が打たれ、トポロジーからひとつの空間構造が発生するときに、存在と意味が生まれ出るまさにその一瞬をとらえて、禅僧は無邪気な大笑いで、あたりを揺るがすのである。----(同上)

 

 上記は中沢氏の「チベットのモーツァルト」フランス語版の一部の日本語訳だそうで、ジュリア・クリステヴァの「笑い」論から始まり、ラブレー的哄笑、スウィフト的嘲笑、チャップリン的な笑いとは違う、東洋の笑い、タオの笑いを指摘する。

 なんだか吉田健一氏の小説「金沢」などの著作を思い出す。そんな世界だ。吉田氏の「金沢」とプログレッシブロックのYESの代表作「危機」(Close to the edge)は、ほぼ同じ年代につくられたが、驚くほど似ている。そういえば「危機」はヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」にインスパイア―されてできた。そういえば吉田氏はケンブリッジ大に学び、英国の文化に通じている。話がそれたが、みんなつながっている。わっはっは。


ビロード張りの裏面

 ----そこから、植物学の認識論的な優位がもたされる。というのは、語と物とに共通の空間が構成する格子は、動物よりも植物をはるかによく受け入れるし、植物の場合のほうがはるかに「暗い」ところがすくないからだ。動物の場合には目に見えないおおくの本質的器官が、植物では目に見えるため、直接知覚できる可変要素から出発する分類上の認識は、動物の領域よりも植物の領域においてはるかに豊富かつ整合的だったのである。したがって、ふつう言われていることは逆転させなければならぬ。十七、八世紀において植物に関心が寄せられたから、分類の方法が検討されたのではない。可視性の分類空間においてしか知ることも語ることもできなかったからこそ、植物についての認識が動物についてのそれにたいして優位に立たざるをえなかったのだ。----

 

 またまた中沢新一「森のバロック」から。上記はその中でミシェル・フーコーの「言葉と物」を引用しているところ。フーコー得意の、因果関係の逆転がここにもあらわれている。日本では磯田光一氏なんかも得意技にしてた。さらにこれ。

 

 ----もっとも秘められたその本質を植物から動物に移行させることによって、生命は秩序の空間を離れ、ふたたび野生のものとなる。生命は、おのれを死に捧げるのとおなじその運動のなかで、いまや殺戮者としてあらわれる。生命は、生きているから殺すのである。自然はもはや善良ではありえない。生命は殺戮から、自然は悪から、欲望は反=自然からもはや引きはなしえぬということ、それこそ、サドが十八世紀、さらに近代にむかって告知したところであり、しかもサドはそれを十八世紀の言語(ランガージュ)を涸渇させることによって遂行し、近代はそのためながいこと彼を黙殺の刑に処していたのである。牽強付会のそしりを免れぬかも知れないが(もっともだれがそれを言うのか?)、「ソドムの百二十日」は(キュビエの)「比較解剖学講義」のすばらしい、ビロード張りの裏面にほかならぬ。----

 

 本はテーマに沿ってまともに読むのが一番正しいというより面白いのだが、いろんな読み方ができるのも楽しい。上記のフーコーの「生きているから殺すのである」、サドを登場させて「ビロード張りの裏面」なんか、おなじみのフーコー節って感じ。

 

 この「森のバロック」という本は1992年刊行で、書かれたのは80年代からのようだ。南方熊楠についての本だが、レヴィ=ストロースやフーコーやドゥルーズ、クリステヴァなどの引用がなされている。なつかしいというか、でも彼らの磁力はまだ現在にも及んでいると思う。もっと味わいつくしてもいいのではないか、その果実を、搾り汁を、ワインを。

 

 


現代の説話学=マスコミ

 テレビってなんで四六時中、うるさくしゃべってるんだろう、と最近思って、でなきゃテレビでないだろうというツッコミがすぐ返るだろうなとも思った。でも、うるさい、うるさすぎる。だから同じテレビでも、なんということない古い町並みや景色を映す番組が好き。地方のケーブル局で、ただ街角、街並みを映す番組があって、音楽は低くBGMだけで、言葉いっさいなし、これ好きだな。テレビは映像で勝負! 言葉は要らない。

 あっ、例外は銀河万丈氏らのうまいナレーション。正しく美しい日本語だよね。近頃のタレント、レポーターはもちろんアナウンサーでも間違うし噛むしとちるしアクセントが大間違い。日本語を小学校からやり直せって。

 

 ----説話には、ナレーションの秩序がある。それは、政治制度とよく似ている。政治制度はいったんその磁場に引き込まれた人間の意識を、制度の陸額にふさわしいものに、徹底してつくりかえようとする。それと同じように、説話はあらゆるものを自分の磁場に引き寄せようとし、一度その磁場に引き寄せられたすべてのものを、ナレーションの秩序にふさわしい内容と質をもったものに、変形してしまう、恐るべき力をもっているのだ。この説話体制の性質を調べるために、「説話学」という学問が、存在しなければならない。しかし、それはあくまでも、民俗学の一部にすぎない。なぜならば、説話学の対象は、民俗学がほんらいあつかわなければならない領域をこえて、深く近代市民社会の深層にまで、およんでいるからだ。説話の体制を分析=破壊しなければ、「具体の科学」であり「野生の思考」である、民俗の本質に触れることはできない。ましてや、社会と主体の奥底のシーンに触れる、始源学としての民俗学をつくることはできない。説話学は、それ自体として独立させ、政治学の横に置かなくてはならない学問なのだ。----(中沢新一「森のバロック」)

 

 ナレーションの秩序、説話、これって新聞・テレビなどマスコミ、ジャーナリズムって呼ばれるもののことではないか。その本来の性質からして政治と近い。まさに「政治学の横」にいる。ふんぞりかえって。

 

 中沢氏はこの後、ロシアの民俗学者プロップとレヴィ=ストロースの論争を紹介。プロップはロシアのフォルマリズムと近いという。ここでは構造主義の、説話の秩序をいったん分析=破壊して、別の思考の秩序、神話論理、さらにその向こう側にまで出ようとしている、作業をしなければならない、という方に軍配を上げているようだ。そのうえで

 

 ----説話は民俗の「原子」の豊かな内容を、抽象化し、説話形式の要求にそれをしたがわせようとする本質を、もっているのである。ここが、熊楠が説話の魔力に警告を発する理由なのだ。問題は、説話が人を引きつける魔力をもっている点だ、と熊楠は力説する。それは誘惑する力と酔わせる力を、もっている。そのために、上手な説話を語る人々は、聞いている人たちの興味を引きつけておこうとして、しばしば嘘をつく。ナレーションやドラマツルギーのおもしろさのために、思考の真実を犠牲にしてまでも、彼らは説話の誘惑に身をゆだねようとするのだ。−−−−そこには、都市と近代が発揮してきた魅力と、同質のものが存在する。----(同上)

 

 重ねていうが、これってマスコミでしょ、テレビでしょ。新聞でしょ。


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