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超越的視点はない

 やはり書評は(それだけでないが)柄谷行人氏。今日は大澤真幸氏の「量子の社会哲学〜革命は過去を救うと猫が言う」を取り上げた。

 ----量子力学以前の物理学では、観察者を超えた、超越的な視点あるいは超越的な何かが仮定されてきた。たとえば相対性理論も光速を一定と仮定することで成り立っている。ところが、量子力学がもたらしたのは、そのような超越的視点がもはやないという認識である。光子や電子は、粒子であり且つ波動である。しかし、それらを同時に知ることができない。観察するかしないかで、そのあり方が変わるからだ。そこでは、いわば、結果が原因を創りだす。といっても、観察者に問題があるのではない。対象そのものが不確定的に存在するのだ。----

 いい本を取り上げた。内容が最終的に正しいかどうかは議論があるだろうが、斬新なそして正しい問題提起をしていると思われる。要するに、「自然科学に生じたのと類似した事柄が、ほぼ同時期に、他の領域でも見いだされるということである」。
 例として、フロイトの前期の「トーテムとタブー」と後期の「モーゼと一神教」との関係が、同時代の相対性理論と量子力学との関係と同型であるという。「関係の類比」だという。

 ----このように、それまで縁遠かった事柄、たとえば、絵画、数学、神学、生理学、経済学、国家論、革命政治などが「関係の類比」によって結びつけられ、それを通して新たな意味が見いだされる。----

 で、そうした諸領域の核心に社会学が存在するという。それはどうかな。柄谷さん、そうすぐ認めてしまって、いいのかな。で、最後はうまくまとめている。

 ----本書の醍醐味は、むしろ、これら異質なものたちの思いがけない遭遇と、それがもたらす新鮮な光景にある。読者は、本書を楽しみつつ読むうちに、自ずと世界が違って見えてくることを感じるだろう。----

 「思いがけない遭遇」「新鮮な光景」「世界が違って見えてくる」……、魅力的な言葉だ。あこがれる、と言いたくなる。だがそこで気づく。上記で言われていることが本質なら、これらは今すぐというか今ここですでにそうなのである。

 関係の類比でいえば、マスコミはどうなのだろう。「そこでは、いわば、結果が原因を創りだす。といっても、観察者に問題があるのではない。対象そのものが不確定的に存在するのだ」と柄谷氏は書いているが、やっぱり観察者に問題があるんじゃない?つまり観察者が「しかし、それらを同時に知ることができない。観察するかしないかで、そのあり方が変わるからだ」ということを認識しなくちゃいけないのではないか。今は、あまりにそのことに無意識ではないだろうか。知っててやっているのならもっと問題だが。というか、そうなのだろうか。やっぱり。

 それはともかく大澤氏の、そして柄谷氏のこうした認識をもっと押し進めていけば、より真実に近づくのは間違いないだろう。単に科学の問題だけでなく、哲学(真の意味の)、世界や現実のとらえ方、生き方、芸術にも波及するだろう。そんなことから言えば、大きな方向で、この本は大事なことを言っているのだと思う。


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  • 2017.11.27 Monday
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