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転石苔だるま

 某紙の土曜版恒例の「Song」欄で、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を取り上げていた。えっ? 何? と反抗心をかきたてる内容で、かえって楽しかった。

 まずボブ・ディランという芸名?ペンネーム?アーティスト名?が、詩人のディラン・トーマスからとったものであることの記述がない。これは本質的なことなのだ。

 「ライク・ア・ローリング・ストーン」のタイトルに関して、ことわざ「転がる石はコケをつけない」と紹介しているが、ことわざなんだから「転石苔を生ぜず」でいいではないか。そうしてほしい。「転がる石はコケをつけない」ってなんだかバカみたい。

 さて問題は例のあの事件である。1965年ニューポート・フォークフェスティバル。ボブはエレキバンドで登場し、フォークファンの反発を買ったといわれる。ブーイングどころか、物を投げつけられたとかいう噂もあった。

 この記事でも他の資料でも、それほどではなかったという説もある。音響がひどかったというのは事実のようだ。だが上記の記事で「ひずんだエレキ音」というのは意味がわからない。わざとひずませるエレキ音だってある。為にする形容だ。

 記事では観客もさることながら、ピート・シガーが失望したということに重きが置かれている。二人をよく知る元プロデューサーの言葉。
 「フォークのファンはロックを毛嫌いしていたし、ロックのファンはフォークを頭でっかちの音楽だと遠ざけていた」。

 ここだよね。ピーター・ポール&マリーのピーターの言葉が記事で紹介されている。「いくらボブが自由人でも、あの場であの音楽をすべきではなかった。まるでピート(シガー)への対抗だった」。

 反戦平和が象徴するピート、PPMのフォーク。それに対して「ひずんだ」エレキの音。

 私、断然ボブ支持です。フォークこそ純粋音楽、詩によけいなものを持ち込んだじゃないか。直接的なメッセージなんかいらない。

 ボブ・ディランもフォークをやった。でもそれは手段なのだ。ピートらとは違う意味で。ピートがとはいわないが、ある種のフォークが我慢できないのは、反戦平和などのメッセージの手段だとすることで、逆に作品の純粋性をうったえるという二重の意味での欺瞞である。

 ジョージ・ハリソンはボブが好きで、何曲かアルバムに入れているが、いい曲をいいかたちで演奏している。すごくピュア。この純粋性が好きだ。

 ロックもフォークも関係ない。ボブ・ディランという人はボブ・ディランという音楽を、人生をやっている。今さらピート・シガーやPPMを引き合いに出すなんて。


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  • 2018.07.08 Sunday
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