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三島氏と駐とん地

ゼロ戦52型

 

 今日という日はやはりこの人のことになる。三島由紀夫。自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し自決したのが1970年、昭和45年の11月25日だ。「あの時どこにいた?」というのが同じか近い年代の、少なくともあの事件に衝撃を受けた人間同士の会話だったものだ。

 

 「ペルソナ・三島由紀夫伝」を書いた猪瀬直樹氏が、事件から25年に寄せて新聞に寄稿していたのを見つけた。いろいろ書いている中で、印象深い言葉を拾う。

 

 氏はこの本を書くた当時のテレビニュースなどの映像もチェックした。多くの映像の中で、駐屯地の正門が何気なく映されたシーンに手を止めた。看板の墨文字が「市ヶ谷駐とん地」となっていたのだ。駐屯地の「とん」が、かな文字。

 

 ----とたんにすべてが滑稽に見えてきた。やがて悲壮感漂わせた三島の顔と重なり、憐みを覚えた。僕は思わず、「あなたのせいじゃないんだよ」とつぶやいていたのである。----

 

 また三島における「天皇」について、最後の部分でこう書いている。

 

 ----自決までの十年間、三島の心の中でしだいに比重を増すのが天皇という絶対者のイメージだった。だが三島の天皇観は仔細に検討してみると必ずしもひとつの統一した姿では浮き出てこない。三島が夢想する天皇は、価値相対主義の日常性を一気に否定するジョーカーの役割を負わされていたからではないか、と僕は解釈している。----

 

 鋭いですね。やはり都知事なんて俗な仕事は似合わない。思想家で表現者です。

 

 否定というか反転を一気にしてしまう、できるのがジョーカー。でも、三島もそれに気づいていた、そのうえでの天皇だったのではないか。

 

 三島を一気に反転させると太宰治になる、みたいなこと言って(書いて)た人がいた気がする。共感と反発を同時に覚える。

 

 三島の予言=「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう」がその通りになったってことも言われてもうだいぶ経つ。それすら風化してしまった。事態はそれどころでなくて、もはやぶっ飛んでしまっている。

 

 三島が「ピコ太郎」を見たらなんと言うだろう。中間色でもなく豹柄の、アポーペン。

 

 


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