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ゲゲゲの至福状態

雪の朝

 

 新聞に「水木しげる こころの旅」という連載があって、今まであまり気に留めなかったのだが、最終回のを読んだ。サブタイトルが「人生に満足するために」で、見出しは「いまは『至福の状態』」。

 

 この記事はノンフィクション作家の大泉実成氏が書いているのだが、冒頭で祖霊信仰と水木さんについて紹介している。水木さんが育った境港の沖にある「隠岐の島」の「武良祭り」。水木さんの本名も武良で、この祭りを自分の祖先の祭りと考えていたようだという。水木さんの言葉。「祭りでは、祖先と話しているような気分になる。祖先が、幸せになる感じです」。

 

 で、大泉氏はこう書いている。

 

 ----水木は、80代から「神のステージに入った」と言っていました。それを聞いた僕は、初めは水木が思い上がっているのかと考えました。

 しかしじっくり考え直してみると、水木が自分もまた、生きながら祖霊化しているように感じているのではないかと気付いたのです。だからこそ「祖先と話して」みて、祖先の「幸せ」をともに感じることができるのです。----

 

 続いて水木さんの言葉を紹介している。

 

 ----大げさにいうと、いまは「至福の状態」にある。至福といっても、若者みたいにゲラゲラ笑うというわけではない。じっとして「満足感」にひたっているわけだ。……あとは「死の世界」にまねかれるわけだが、日々、恐怖感が去り、平気で待てるようになる----

 

 また遺作となった漫画「わたしの日々」にある言葉。

 

 ----人生になんらかの絶対的な価値を求めるのは、心が弱いからです。

 ----瞬時に消えゆく屁のようなものに価値を見いだし、満足するべきなんです。

 

 上記の言葉に続けて、最後に大泉氏はこう書いている。

 

 ----この考え方はソシュール以降の現代哲学の主流となった「関係主義」と深く関わっています。

水木の死後、次女の悦子さんは、父は「死んでもいつもそばにいる」ように感じると言っていたそうです。

水木の人柄や作品に触れたすべての人たちを、水木は祖霊としてあたたかく見守ってくれている、僕にはそのように思われてならないのです。----

 

 ある意味、悟りのような境地。わかる気がする。わかるとは言えないのだけれど。まだまだ修行が足りなくて、煩悩ばかり。でもおおらかで前向きで健全に歳を取っていった水木さんならそうなのだろうと信じることはできる。「人生に絶対的な価値を求めるのは心が弱いから」という言葉にはけっこう衝撃を受けた。太宰治や山頭火とはえらい違いだ。

 

 水木しげるさんは近年、NHKの「ゲゲゲの女房」で再クローズアップされたけど、あのドラマはあまり好きじゃなかった。ヒロインはともかく、他の主要キャスティングがだめだ。あれじゃ水木さんがかわいそうだ。

 

 なので水木さんにもあまり関心を払わなかったが、この新聞の記事を読んであらためてすごいなと思った次第です。

 

 


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