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置かれた場所で咲けなくていい

 新聞の書籍広告を見て、ドキッとした。こんな言葉が目に飛び込んだ。

 

 「生きる意味なんて見つけなくていい」「置かれた場所で咲けなくていい」

 

 かなりのインパクトだ。置かれた場所で咲けなくていいなんて「世界で一つだけの花」に五寸釘刺すパワーだ。書籍名は「禅僧が教える 心がラクになる生き方」。著者は青森県の恐山菩提寺の住職。わああっ。

 

 読者の反響にも、この本のこんなのが引用されていた。

 

 「自分を大切にすることをやめる」「なりたい自分になれなくたっていい」。

 

 大体この手の本は嫌いなのだが、これにはひかれた。反語的表現といえばそれまでだが、要するに今の世の中、上記の反対の言葉があまりに、当たり前のように支配しているから、新鮮な驚き、共感を覚えるのだと思う。

 

 昨夜WOWOWで放映の映画「未来よ こんにちは」で、施設に入っている老母が食事をとらなくなり、悪い夢ばかり見ているという話があって、それは寂しいからだという。悪い夢というのは、困ったこと、わずらわしい状況といったことなのだが、お年寄りはそれでもそれが欲しい、あこがれるというのだ。

 

 恐らくそうした夢は、心の平衡を保つための正常な作用なのだと思う。寂しいというのは、映画では娘がちっとも面会に来ないという実際的な意味だったが、仮にしょっちゅう来たり、家に一緒にいても、「寂しい」のだと思う。孤独の寂しさでなく、人生の終盤になって特にやるべきこともない所在なさの寂しさなのだ。体の自由がきいて、いろんなことをやれるのだったら、そんなに感じなくてもいい寂しさなのかもしれない。安楽に、ベッドやロッキングチェアにいて、当面心配することわずらわしいことがないからいい、ということではない、ということだ。

 

 恐山の禅僧の言葉、カッコいい。本当にその通りにするのは、逆にすごく難しいのかもしれないが。禅の修行のように。同じ青森の昭和大仏の住職は「世の中なかなか思い通りにはならないが、やった通りの結果にはなっている」といっていた。恐るべし青森。

 

 


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  • 2018.05.24 Thursday
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