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真如の月を眺めあかさん

 テレビの平昌五輪メダリストに関する放送もようやく一段落したようだ。テレビだけじゃないが、会見だの報告会だの、同じようなのをなんであんなに何回もやらなくちゃいけないのか。選手の皆さん、疲れてるうえに同じこと何回も聞かれて、大変だろう。中にはもう次の試合に行く人もいる。なんであんなにインタビューしなくちゃいけないの? 意地汚いというか、むさぼり、しゃぶりつくすみたいな。昔の悪い男が女にとことん貢がせるみたいな。日本のいやな部分だ。

 

 と思ったら女子レスリングに関するパワハラ問題。いやんなっちゃう。でもスカッとしたのが、コメンテーターで出た長田渚左さん。実に明快! ズバッズバッと語ってくれる。で、感心したのが、知らないことについては「知りません!」「わかりません!」とはっきり言うところ。いよっ! 男前! ほとんどのコメンテーターは知ったかぶりばっかり。大体、そんな知識ないくせに、知らないことに関してどうしてあんなにコメントできるのか。テレビ局はおそらく視聴者目線、素人目線でというだろう。そんなの求めちゃいません。プロの、玄人のコメントが聞きたい。

 

 あ〜あ、テレビって。と思っていたら、テレビで視聴できることにも捨てがたいものもあるなあと思わせてくれたのが、昨夜Eテレで見た「玉三郎 歌舞伎女方考」。すごいね、驚異だね。「京鹿子娘道成寺」。玉三郎さんの舞台を流し、その後玉三郎さんが解説するのだが、ただの解説ではない。この世の不条理への恨み、娘が女になってしまったことへの恨みを表現しているのです、とか。

 

 さらに舞は詩である、とか、演じるものが観客に入り込み、観客との間で生まれるのです、とか。「娘道成寺」の言葉、「真如の月を眺めあかさん」には参った。今一番あこがれるのはこの境地だ。それにしても、玉三郎さんのあの舞、動き、相当な体力と鍛錬、研ぎ澄まされた感覚が必要だろう。フィギュアスケートなんて足元にも及ばない。

 

 歌舞伎は、梨園とかえらそうなところが嫌いだったが、その中で松本白鴎さんなんかはその辺わかっているような気はするが、いずれにしても、相撲と同様、実際以上に高貴なものにとらえられていると思っていたが、玉三郎さんは違います。詩であり芸術であり、それ以上のものです。もし玉三郎さんが、といっても誰でもいつかは必ずこの世を去るのでしょうが、同じような存在はもういない。それを思うと悲しい。でも今ハイビジョンで見ることができるのはうれしい。Eテレ、ありがとう。でも今度必ず、歌舞伎座で実物見たい。絶対見る。


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  • 2018.05.24 Thursday
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