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全ての人が神仏、己自身、その辺のエロ坊主も

 身近な人が死に、知り合いの人は小生を利用しようとしていたことがわかり、ちょっと落ち込んだ。そんな時、「宗像教授異考録」シリーズを読み返していたら、以下の言葉に出会った(再会?)。

 

 ----仏典によればブッダ入滅から、56億7千万年後に弥勒という菩薩が鶏頭山に現れて人類を救済します。

 

 ----時代は変わってもこの世に怒りの種は尽きない。神も仏もあるものかと嘆くことも多いな。

 

 ----全ての人が神仏だと考えよ。全ての人が己自身だと考えよ。

 

 ----人が死ねば”我”(アートマン)という霊魂になって巨大な光の渦に導かれる。”梵天”(ブラフマー)ーーー宇宙を創造した神。我(アートマン)は梵天(ブラフマー)の一部”梵”(ブラフマン)に戻る。

 

 ----梵天はなぜ世界を造ったのかーーー全ての人生を経験するためだ! 全ての人生の総体が世界だからだ!

 

 ----苦痛の中で死んでいく経験もあれば……それを鞭打って嘲る者の経験もある。修行を積んだ高僧も、その辺のエロ坊主も全ておまえさんと同じく我(アートマン)であり梵(ブラフマン)なのだ。善も悪もなく時間の順序もない。

 

 ----何百億何千億もの人として生まれ、喜び悲しみ、苦痛と死の恐怖、それぞれの人生を何千回何万回と生きて何千回何万回と死ぬのだ。----(第1集第4話「大天竺鶏足記」より)

 

 前に仏教関係の書物で接したことがあったような言葉だが、あらためて感じ入った。「全ての人が神仏、己自身」とはなかなか考えにくいが、だってあいつが神仏や己自身とは思いたくないが、でもその次元ではないのだろう。と、ごまかしてもだめか。己の一部とは、認めたくないけれど、考えてもいいのかな。自分は人を利用したりしないけれど。でも。

 

 少し、いやかなり気持ちが落ち着いた。


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  • 2018.08.18 Saturday
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