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脆い蜘蛛の巣

 日曜日の午後、読書をして、いい言葉に出会うといい気持ち。ホントの休息。

 

 ----「同一性とは、我々が身に纏ってきた一貫性の、弱弱しい暗示にすぎない。それは幻想であり、かつまったくの現実でもあり、幸福には不可欠なものなのだーー幸福が不可欠のものならばだが」トビーは洟をかみながら、肩越しに「へぼニーチェ!」と叫ぶ。----

 

 ----「アッカドを覚えているかしら、よくわたしたちに言っていたわ。『急げ、急げ。時計から時が漏れ出しているというのに、我々はまだ『大いなる秘密』をかすめただけなのだ』ねえブルース、わたしは彼の言う通りに急ごうとしたけれど、どうしてか足を踏み外してしまった……」----

 

 ----言語は大変結構なもので、我々はそれなしではやっていけないが、同時に言語は人間の最悪の発明でもあり、沈黙を堕落させ、知性の花弁をむしり取ってしまう。長く生きるほど、私は恥ずかしくなる----

 

 ----質量に重力が含まれているように、愛には悲しみが含まれている----

 

 ----因果律という作用は強力で数学的なものであり、心的な現象すらもそれから逃れられない----

 

 ----「我々の時代には、あまりに大きな自由が、人間の素晴らしき関係に形と重みーーすなわち真理ーーを与える脆い蜘蛛の巣を破壊してしまった。健康は我々のなかで歯痛のごとく猛威を振るっているが、生における美しき流儀、文体における美しき流儀も、粗忽なものにすっかりお株を奪われてしまった」----(ロレンス・ダレル「アヴィニョン五重奏機船爛奪轡紂爾△襪い楼任侶主」藤井光訳より)

 

 この五重奏の第一巻は1974年の刊行で、エディンバラ大学の賞を受賞したというが、1970年代前半においてすでに現代をも予言しているような、それでいて古典的に通用するような言葉がちりばめられている。

 

 訳者の藤井氏のあとがきには、この第一巻にはグノーシス主義が大きく影を落としている、とある。ダレル氏ほどの作家の作品に接すると、西欧キリスト教文明も、なかなか一筋縄ではいかないなと思う。でもなんかどこかで仏教とも通じてくる感じもする。原著の刊行時、1974年にはリアルタイムで読めなかったが、むしろ若い時に読まなくてよかったかなあと思う次第。混乱に真っ逆様に振り落されていたかも。


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  • 2018.07.08 Sunday
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