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僕の前に道はない

 病気・怪我がほぼ治り、元気なはずなのだが、手術が済んだ時や傷口の回復状況を確認した時の昂揚感はもう消えた。人って(自分だけか)忘れやすい。そのうえしばらくの期間、張りつめていたものがほどけた反動か、疲れが出てぐったり。弱いなあ。

 

 肉体的な喧嘩は子供の頃以来したことがないが、危ない目には何度か遭ってきた。危ないというより緊張の極致だ。その筋の人たちと極めて近い距離で接した。学生の頃、高校の同級生でやはり都内の大学に進学した友だちの下宿に遊びに行った。彼もいけるくちなので、夜は近くの居酒屋の暖簾をくぐった。

 

 入った途端、やばいよやばいよ。かなり混んでいた店内のほとんどの客がその筋の人たちだったのだ。そういえば近くに何とか結社というのがあったなと思い出しても後の祭り。仕方ない。覚悟を決めて席についた。隣のテーブルから「それじゃあお前は国体というものを何だと思っているんだ! 国民体育大会じゃねえぞ!」という声が聞こえた。議論は熱を帯びていた。こっちは緊張でビールをこぼしたり煮込みのモツを落としたり。それでも酒が入ると気が大きくなり、友だちとバカ話して何事もなく過ごした。でも、店に入った瞬間の、いくつものきつい視線は忘れられなかった。

 

 社会人になり、関西に出張した折り、都心部のホテルが取れずやや郊外のホテルに泊まった。ホテルの朝食は高くて敬遠。近くに牛丼チェーンがあって、安い朝定食を出していたのでそこに入った。やばいよやばいよ。東京の居酒屋で遭遇したのと同じ状態。ほとんどがその筋の人たちだった。あ、そういえば。またまた思い出した。近くに有名な組織の本部があったのだ。どうして自分はよくこんな目に遭うのか。

 

 ほかにもあったのだ。上京したての頃、渋谷で道がわからず、向こうから来た3人連れぐらいの男性たちに聞いた。若い一人が「何をー!」みたいに言いかけたが、年長の人が制して、ていねいに教えてくれた。都会を知らない田舎者は怖さも知らなかった。学生生活にも東京にも慣れた頃、悪友とあるスナックに入った。スナックといっても小さなステージがあって、時折りバンドの演奏もある店だった。酒が入って盛り上がった頃、奥の方にいたいかにもそれらしい男性が近づいて来た。「学生さんかい? 盛り上がってるな。この後演奏があるから、おにいちゃんコンガをたたいてみないか」。震え上がった。断ることはできない雰囲気だ。友だちも小生の腕を押して「やったら?」という(ひどいヤツだ)。戦場に行く気持ちでステージに上がり、一生懸命たたいた。物事にあんなに一生懸命取り組んだことはなかった。1曲終わってほっとしたら「おにいちゃん、うまいじゃないか。もう1曲やってくれ」。人生の試練は簡単には終わらないのだと学んだ。でも2曲目が終わったら解放してくれた。そのあとは何事も起こらなかった。

 

 総じて、あれらの人たちは小生にはやさしかったと思う。同じく学生時代、友だちと居酒屋で議論していたら、女将さんがビールを2本、持って来た。「頼んでないですけど」「あちらのお客さんから、飲んでくれって」。見たらいかにもそういう男性。「あなたたち、お礼を言わなくちゃだめよ」と女将。二人で立ち上がり「ありがとうございます!」と言ったら、その人は黙ってうなずいた。自分らの話し声は聞こえる距離だった。まじめな議論をしていたが、それが気に入ったのか。理由はわからないが。

 

 社会人になりだいぶたってそこそこ仕事もやれるようになった頃、一人の男性と知り合い、話をするようになった。その人は政治家の事務所にいて、正式な秘書とか事務所長とかの肩書ではなかったが、実際はすべてを取り仕切っているという噂だった。もう一つの噂は、昔だか今でもだか、その筋と関係があるとのことだった。

 

 時折り目つきが鋭くはなるが、普段は仕立てのいいスーツとネクタイがよく似合う紳士だった。いろんな話をした後、彼が言った。「政治の世界もヤクザの世界も共通した魅力があってね。それは道が決まっていないということなんだ。自分の考え、行動で道はどうにでも開けていく。それが面白くて。決めるのは自分なんだ。他人じゃないんだ」。

 

 小生に実際にわかるとは言えないのだが、わかるような気がした。そこで唐突に思い出したのは、およそ正反対のジャンルの言葉だった。

 

 ----僕の前に道はない
   僕の後ろに道は出来る
     ああ、自然よ
   父よ
   僕を一人立ちさせた広大な父よ
   僕から目を離さないで守る事をせよ
   常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
    この遠い道程のため
    この遠い道程のため----

 

 高村光太郎の詩である。中学時代ごろに教科書で習っただろうか。それをその人に言おうかと思ったが、青くさいと思われそうでやめた。

 

 そしてそれは特殊な世界のことではなく、誰にも言えることなのではないかと思った。公務員とか教師とか固い職業にはあてはまらないといったこととは違う意味で。

 

 今の時代、「特殊」な世界も道を決められてきてる、やりにくい、厳しい時代かもしれない。いやほとんどが。でも職業とかの話ではなく、自分の道を自分で決める、切り開く、そんな自由に今でも今からでもあこがれる。あの人はいいことを教えてくれた。


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  • 2019.03.19 Tuesday
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