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人との距離

 BSだったか、人類ができてきた歴史をやっていたが、まさに奇跡の連続だったという。その回でやっていたのは、猿というか類人猿でアジアにいたのは気象だか病気だかで絶滅した。だが、気象の偶然で浮島ができ、それに乗って海流でアフリカに流れ着いた類人猿が生き延びた。それがその後世界各地に広がったという。

 

 またネアンデルタール人が滅んでホモサピエンスが生き延びたのは、言語能力の差だという。ある学者によれば、言語能力と道具をつくる能力は対応していて、ホモサピエンスは精巧な釣り針や柄のついた手斧をつくることができたので、魚や動物を獲ることができたという。

 

 そうした歴史は現在の人類にも遺伝子として残っているのだろうか。動物は縄張りというか個体のまわりにバリアみたいなのがあり、それ以内の距離に他人、他動物が入ってくると警戒したり威嚇するという。で、人間にもあると思う。東京で満員電車に乗っている時は仕方ないだろうが、比較的スペースが空いている場所・時間で、不自然に近づいて来られるのがすごくいやだ。ある時、ホントに空いているのに、目の前に女性が後ろ向きに立った。普通にこっちが呼吸して息を吐いたら、女性のうなじあたりに息がかかりそうなのだ。腹立つ!

 

 新聞の「14歳の君へ」という連載に養老孟司さんが書いていて、大人になったら人との距離感を大切に、という。これは精神的にというか人間関係の話だが、ある距離を無視して、いわば暴力的に縮めようというのはだめだし、ある時は怖い。物理的に一挙に距離を縮めようとするのが、例えば殺人、暴力、暴行などだ。そんなに他人に近づきたいのか、そんなに弱いのかと言いたくなる。

 養老さんは、意見が食い違ってもぶつかって決定的にならないように、とアドバイスしていた。それはやさしさというより、知恵なのだ。だってそんなバカと至近距離の関係を結ぶことになるのはいやだもん。古い米国の西部劇なんかで、男同士が殴り合い、勝負がつかず、終わってにっこり握手、なんて身震いするほど気持ち悪かった! ある時には距離を取るために、注意深く発言したりしなかったりが必要なんだろうと、この歳になって気づいたのはもう遅いか。


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  • 2019.06.17 Monday
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