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宇宙の田舎

 生まれ故郷でなくても、田舎の景色を見ると、なつかしいと感じることはよくあると思う。なぜなのか。なつかしさとは何なのか。

 

 好きでよく聴いてきた音楽で、かつて何度か行ったことのある田舎の風景を思い出すことがある。こことそこの空間の距離が、時間の幅=古さとパラレルのような気がする。なつかしい感覚を覚える。なぜなのか。

 

 故郷とは必ずしも出生地ではないかもしれない。自分が母親から生まれた(産まれた)場所とは限らない。故郷とはある感情が焼きついた場所なのだ。それを希求するから故郷が存在する。すると、遺伝子が希求する故郷とは宇宙なのか。

 

 普段暮らしている場所は地元。それについてあまり意識しすぎるのはどうかと思う。もちろん、今暮らしているところは大事で、そこが故郷なのだと思っていい。だが大事なのは故郷で「地元」ではない。

 

 地方の自治体や団体、地方マスコミが地元、地元とまるで叫んでいるかのようなプロパガンダを日々しているのには、勘弁してくれと言いたい。人は四六時中それを意識して生活しているわけではない。

 

 人は宇宙で生まれ、地球上に住んでいる。今暮らしている自治体(県や市町村)のために生まれたのではない。どこに行こうと、どこで暮らそうと自由だ。人口流出に対して、若い人たちに地元にとどまってほしいなんていうのは、人間の尊厳を侵すものだ。それこそ「生産性」で判断しているではないか。

 

 ノスタルジーとは、病気なのだという。昔、ヨーロッパのどこだかの兵士が長い間故国を離れ外国に駐留していると体の不調を訴える者が続出した。それがノスタルジーだ。心、精神の問題でなく、身体に現れた症状のことなのだという。それは上記のような空間というより時間の距離で説明できるのではないかと思う。

 

 目に焼きついた風景(光景)、心の風景という言い方があるが、本当はそこの風景に自分が焼きつけられたのではないか。いろいろ好きな場所があるという人は、いろいろな場所に自分の意識を焼きつけたのだ。あるいは意識が焼きつけられたのだ。で、その時に対しての希求。それが郷愁というものなのではないか。

 

 そのうえで、人が生まれ育った土地、育んでくれた自然・風景・方言・文化が、貴重なのだと思う。地球自体が宇宙のローカル、田舎だものね。でも、宇宙に都会ってないのだという気がする。いずれにしても、中央と地方とか、都会と田舎とか言ってるのは本来すごく変な概念だと思う。田舎はいいが、こうした概念の田舎くささはたまらないから。

 

 都会から田舎へ移住する人は、都会へのノスタルジーで体調が悪化する人はないか。います。そういう人を知ってるもの。赤ちょうちんやカラオケが恋しいというのも切実な場合があるのだ。都会から田舎へ移住する人は気をつけた方がいいかも。


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  • 2019.01.18 Friday
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