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時代劇の匂い

 里見浩太朗さんがテレビで最近の時代劇について語っていた。坐った目上の侍に女性が立ったまま何かを報告する場面があった。里見さんがディレクターに「あの時代、そんなことはあり得ない」と注文をつけた。女性も必ず坐ってから話をするはずだというのだ。だがディレクターは、この場面は尺もないしこのままで、とスルーしたという。里見さんいわく「時代劇の匂いというものが失われていく」と嘆いていた。

 

 時代劇の匂い、時代の匂い、つまり日本の匂いということになろう。里見さん演じる水戸黄門の再放送を見て、偉大なるワンパターンは知りながら、日本人は好きだよなあとつくづく思う。悪代官と越後屋の「おぬしも悪よのう」。それを痛快に暴く。昨日は「必殺仕事人スペシャル」の再放送をやっていて、ついつい最後まで見てしまった。真逆のようで、実は構図は黄門様と同じなのだ。普通だと明るみに出ない悪を、超法規的に裁く。仕事人の場合は殺す。

 

 ふと、思った。ゴーン事件では毎日のように法律に則った議論があふれている。でも法律を離れ、日本的心情で裁くとどういうことになるか。日産本社の社員はともかく、切られた下請け工場の経営者・従業員にとって、数十億単位の報酬や家族・友人への優遇。日産だけでなく、多くの貧乏にあえいでいる人たち。報道されているすべてを事実と判断することは避けるべきだろうが、照射が重なって、これはやっただろうと最低限わかることはある。

 

 日本的心情とか倫理とか、武士道とか、持ち出せばたちまちたたかれるだろう。古い、もう時代が違う、危険だ、とか。でも日本人の体の中のどこかで、「許せない」と憤っている部分があるはずだ。日本を植民地だと思っているのか、と。欧米は日本の司法制度を批判していると、したり顔で言うコメンテーターがいるが、ここは欧米か? 多くの日本人が疑問に思うもう一つは、元検事がそれを批判したり、元検事が容疑者の弁護人になっていることだ。それが近代的現代的司法制度というものなのか。

 

 中村主水、じゃなかった藤田まことさんが主演した映画で「明日への遺言」というのがあった。戦時中、無差別爆撃をした米軍の兵士を死刑に処した日本軍の責任者が、戦後裁判で堂々と主張をして、GHQの判事も検事もその人間性に打たれるが、結局は死刑に決まり、執行される。「遺言」とは日本的倫理、日本のすばらしさであった。「日本の匂い」。それを失うな、と。

 

 理性的な(とも思えないけど)法律論でなく、思いっきり感情的なゴーン事件論があってもいいのではないか。


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  • 2019.06.17 Monday
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